マガジンのカバー画像

短編小説・シナリオ集

12
短編小説・オートフィクション・シナリオ・詩 etc.. 日常のワンシーンを切り取った世界 音楽からインスパイアされた世界 フィクションとノンフィクションの境にある世界 そんな… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編小説】雨の土曜日/紫陽花と蕎麦と海老のスープと

【短編小説】雨の土曜日/紫陽花と蕎麦と海老のスープと

3日前、私たちの住む地域も梅雨入りが発表された。

発表される前日から毎日雨だ。

しとしとと降る雨は割と好き。

今日は、そんな雨。

そして、梅雨入りをして初めての週末。

夫のまこちゃんが昨日雨の中買ってきてくれた新しい珈琲豆を丁寧に煎っている。
土曜日の朝のこの時間がとんでもなく愛おしい。

私たちは結婚してもうすぐ10年。
子供はいない。
2人で望まず、2人で暮らすことを選んだ。

週末

もっとみる
【短編小説】つぐみ

【短編小説】つぐみ

あの子と親しくしていたのは、いつも肌寒い季節だったような気がする。

捉えどころのないあの子は、俺のすぐ隣で泣いて笑って怒って悲しんで楽しんでいるかと思えば、少ししたらまたすぐにどこかへ行ってしまう。
それでもまたこの季節が近づいてきたら、彼女は俺の元へと帰ってきて、いろんな気持ちを抱えながら笑顔を向けてくる。

毎日全力で生きていて、色んなことに全力でぶつかっていて、真っ直ぐに生きている彼女の世

もっとみる
【短編小説】すだちをきゅっと絞ったような

【短編小説】すだちをきゅっと絞ったような

梅雨がそろそろ明けるかも、というある日。
蒸し暑いがかろうじて扇風機で過ごせるほどの初夏の陽気の中、生ぬるく重たい空気の漂う部屋の中で小さな電子の画面に向かってぽちぽちと文字を刻んでいた。
その滑稽なさまは自分が一番よくわかっている。

あまりの暑さに冷凍庫のいつのかわからないアイスを取りに行き、何回目かわからない小休憩をする。
じっとりと汗を滲ませていた体にアイスの冷たさが伝わる。

スピーカー

もっとみる
【短編小説】小さな優しい輪の中で

【短編小説】小さな優しい輪の中で

あ!あいだのじいさんだよ。

あいだのじいさん!

いつもの公園で、散歩途中のあいだのじいさんに出会った。
あいだのじいさんは、私と娘だけの秘密のあだ名。
娘が好きな子ども向け番組に出てくるキャラクターの名前だ。
それに似てるというわけでもなく、娘の中でブレイクワードだった"あいだのじいさん"という言葉がしっくりハマってしまったのだ。

毎日毎日、私たちは公園で遊び、あいだのじいさんは散歩をしてい

もっとみる
【インスパイア小説】Here / homecomings

【インスパイア小説】Here / homecomings

「お疲れ様でした。」

定時が過ぎ、気休め程の残業をしてもまだ人で溢れるオフィスを足早に去った。

薄暗くなり始めた街は夜の明るさを灯し始めていた。
眩しくそびえる高層ビル、その隙間を足早に行き交う人々、荒々しく走り去る車、連なる飲み屋の活気。
今にも溺れてしまいそうだ。

それらを遮るかのようにイヤホンで蓋をし、柔らかい遠くの空に凛と光るそれを目指して私もまた早足で歩いた。

春風の香ばしい匂い

もっとみる
【シナリオ】ひとつの覚悟

【シナリオ】ひとつの覚悟

ーーー 会社の喫煙所でのワンシーン

先輩、覚悟ってなんなんですか?
毎日真面目にやってんのに、なんで"お前は覚悟がないんだよ!"なんてみんなの前で怒鳴られなきゃならないんですか
パワハラですよほんと

課長も悪い人じゃないんだけどね

それはわかりますよ?
でもなんなんすか、覚悟って
知らねーよそんなもんって感じです

ハハ、まぁそうだよなぁ
俺も入社したての頃はよくわかんなかった
というか、今

もっとみる
【短編小説】灰色の水平線を辿って

【短編小説】灰色の水平線を辿って

思い出すのは、いつだってちょっと切なそうな、悲しそうな、寂しそうな、けれどどこか嬉しそうな、私を見るあなたから滲んだ表情。

もしかしたらそれは幻想なのかもしれない。

けれど、ほんの少しだけ醸されたそれを、私はもう何年も忘れることができない。

心に住み着いてしまったそれは、私とあなたを繋ぐ唯一の形ある存在なのかもしれない。

中学1年生の時、入学早々私は大きな一目惚れをして、斜め後ろの席の彼の

もっとみる

【poem】名前をつけてやる

ずっとずっと、自分の中のものに名前をつけてこなかった

これからは、どんな小さなものでも名前をつけてやる

そうして、愛すべき自分の願いも、思いも、夢も、なんだって叶えてやる

そう決めてからは、それはそれは幸せだった

そんな中、ごつんと重たいものにぶち当たった

途方に暮れた

素直に見ることができない

色々なものが少しずつ積み重なってできてしまったこの巨大な岩のような塊を、すぐに直視するこ

もっとみる
【短編小説】消えた虹に想いを馳せて

【短編小説】消えた虹に想いを馳せて

吹き飛ばされそうなほど強い風の日
20分以上かけて歩いて保育園に子供をやっとのことで送り届け、ぐでんと横たわっていた白い猫の死骸を避けて帰ろうと大通りを歩いた。

どんより薄黒い雲が空を覆う
こんなに朝早くから結構な距離を歩いているのに、爽快さを感じるなんてことはない。
むしろ、心のざわめきに体がそのまま晒されているような感覚だった。

風は荒ぶっている
目にゴミが入る
髪の毛は乱れ、衣類はまとわ

もっとみる
【短編小説】落ちたトマトで蘇るある夏の暑い日の物語

【短編小説】落ちたトマトで蘇るある夏の暑い日の物語

「拓実!!うるさい!!いい加減にしなさい!!」

3歳になる孫が狭いリビングを走り回っている。
隣の寝室では生まれたばかりの叶(かなう)がやっとお昼寝したところだ。
精神的にも肉体的にも参っている娘の依実(つぐみ)は今にも泣きそうな顔で静かに怒っていた。

「拓ちゃん、お外でばぁばとプールしようか。」

「いやだ!」

「拓実!なんでよ!行ってきてよ!
もうママを一人にして…」

「じゃあ拓ちゃん

もっとみる

【インスパイア小説】Sad number

インスパイア小説
Laura day romance / Sad number

******

この景色を見るのはもう最後か…

沈みかけた夕日が眩しく、丸く縮まった背中をぎゅっと抱きしめ、顔を埋めた。

外国風の柔軟剤のこの匂いも、この感触も、最後か…。

心地いい風とともに、落ち切ったカラーで黄色くなった髪が顔にかかる。
少し大きめのヘルメットがかたかたとズレるのがもどかしい。

もっと、今

もっとみる

【インスパイア小説】Vaundy/踊り子

こちらは音楽から着想して筆者の頭の中で創られた短編小説です。

Vaundyの踊り子をもとに創作しました。MVとともに、BGMにしながらお楽しみください。

*******

平日の昼下がり
じいさんばあさんの集い場と化した喫茶店で俺は詩を描いていた。

高校時代に組んだバンドで出した歌がほんの少しだが話題になり、そのままプロのミュージシャンになるためバイトしながら音楽活動をしている。

だが、現

もっとみる