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コイン・チョコレート・トス_第5話

コイン・チョコレート・トス_第5話

↓ 第4話はこちら

🪙 57.6グラム2月11日(水)

カタンと音がした。

布団に入ったまま幸子はチラリと新聞受けを一瞥する。幸子はそのまま動かない。バフっと掛け布団を頭からかぶる。全てがもうどうでもよくなっていた。

ザアザア降り続く雨の音が二日酔いの頭に響く。
風が吹くたびに新聞受けに刺さった新聞の隙間から、雨の匂いが湿ったアパートの室内に流れ込んだ。雨はびたびたと壁や窓にぶつかっては

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コイン・チョコレート・トス_最終話

コイン・チョコレート・トス_最終話

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🪙 150.9グラム2月12日(木)

すっかり眠りこけてしまった。

ー昨日が眠れなかったせいかもしれない。夢も見ず、畳と布団と同化して眠った。多分、微動だにしてないんじゃないかと思う。寝返りだって打っていなさそうな気がする。

幸子は泥のように眠った。

2月11日(水)

特に何もしなかったのに、幸子はなんだか疲れてしまっていた。

天井のシミの声が自分自身の声だった

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コイン・チョコレート・トス_第4話

コイン・チョコレート・トス_第4話

↓ 第3話はこちら

🪙 4.0グラム2月10日(火)

遠慮気味のアラームの音。

壁の薄いアパートで隣の部屋に聞こえないように、その日はこっそりとアラームが鳴った。
その時刻4:20。

幸子は今日は珍しく、手に届く距離にスマートフォンを置いた。アラームの音を耳にして幸子はすっと手を伸ばし、アラームを止める。

仕事でもないのに幸子が早起きをするのには、もちろん理由があった。それは、新聞が誤

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コイン・チョコレート・トス_第3話

コイン・チョコレート・トス_第3話

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🪙 4.5グラム2月9日(月)

「眩しい」

幸子はペラペラのカーテンから漏れる日の光で、朝が来たんだと気づいた。

アラームにも気づかないくらい眠りこけていて、泥のように眠っていた。ここ一週間以上、感情の起伏が激し過ぎたせいだ。疲れていても仕方がない。

幸子はずりずりと畳の上をほふく前進し、充電コードを挿したままのスマートフォンを手に取る。画面で時刻を確認する。9:3

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コイン・チョコレート・トス_第2話

コイン・チョコレート・トス_第2話

↓ 第1話はこちらから

🪙 3.75グラム2月8日(日)

カタンと音がした。

新聞受けに新聞が落ちる音。ブロロロロと新聞配達のバイクのエンジン音が遠くなる。たぶん、明け方の四時半。
まだ外は暗い。

今朝も毛布がずり落ちているが、今日はそこまで気にならないなと幸子は思う。

昨日めかし込んで出かけた先で買った電気ファンヒーターのおかげだ。電気ファンヒーターはコスパとしてはよくないが、当座を

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コイン・チョコレート・トス_第1話

コイン・チョコレート・トス_第1話



🪙 プロローグy=-3x²の放物線を描きながら、宙を舞うコインチョコ。

玄関の白い天井の少し下の位置を最高到達点とし、コインチョコは幸子の手の平に落ちてきた。幸子はそれを両手で優しくキャッチする。

幸子はコインチョコが左手に落ちてきた瞬間、上から右手をそっと添える。コインチョコがどちらかを向いているかが見えないように静かに隠す。

表か、裏か。

全ての決断は、コインチョコに委ねられた。

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口の中で幸せ弾ける六花亭のつゆ

口の中で幸せ弾ける六花亭のつゆ

「なんで、あんなこと言っちゃったんだろ……」

私は小さく独りごちた。
部屋の電気もつけずに、カーテンも閉めずに、窓から入り込む月明かりだけが頼りの夜。

ケンカなんてするつもりもなかったのに、ホントになんであんなこと言っちゃったのか、自分でもよくわからなかった。もしかすると、やきもちと彼への恋心を焦がしながら待っていた五日間の気持ちが爆発しちゃったのかもしれない。

北海道への出張。

彼と一緒

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遺言_あとがき

遺言_あとがき

年度はじめの昨日、短編小説を公開しました。

この小説はイトーダーキさんの最後の一行小説大賞から生まれた小説です。

え、この企画めちゃくちゃおもしろ!と思って、勇んで最後の一行を考えました。するとどうでしょう。不思議と最初の一行と最後の一行の間のストーリーが知りたくなるのです。最後の一行っぽいものを考えるだけでいいのに、私の頭の中では、勝手に話が走り出しました。

おお、この創作意欲どう収めるべ

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遺言

遺言

純白の桜の花びらがすべて散ったころ、三人の女の人生が始まるはずだった。

LINE♪

軽快な着信音を耳にして、優希はスマートフォンに目をやった。アプリを開いてメッセージを確認する。
(ねえ、先生から遺言来たんだけど)
アミからだ。
(うちにも来た)
優希はすぐに返事をする。
(ねえ、ランチでもしない? 行きたいカフェがあるんだ)
叶恵のメッセージに、優希の緊張はあっという間に弛緩していった。

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冬の終わりの始まり

冬の終わりの始まり

梅がほころぶ季節となりました。

寒さがまだ厳しいこの時期に綻ぶ梅の花を、あなたが一番好きだと言っていたことを僕はずっと覚えています。

「冬の終わりの始まりなのよ」

あなたのその言葉が、僕は忘れられずにいます。今でもずっと、梅の花が綻ぶ季節がくるたびに、耳の奥の方でその声が寄せては引いていくのです。冬の空気の緊張感は、この時期は溶けることがなく、春まではまだまだ遠い。それでもあなたは、この季節

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泪が三日月を滑り落ちた夜に

泪が三日月を滑り落ちた夜に

帰り道、細く細い三日月が空に浮かんでいた。

空は青とも紫ともピンクとも言えないような、ぼんやりとした色合いだった。私は静脈のように空を覆う枝越しに三日月を見た。細く細い三日月。

私には、その三日月がこちらを向いて笑っているように見えた。決して楽しげな笑顔ではない。三日月から思い出されるのは職場の同僚の冷ややかな嘲笑の口元。嫌な笑顔だ、と思った。その笑顔を思い出して私の胸はしくしくと痛んだ。次第

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こっそりオムニバス

こっそりオムニバス

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、こっそりオムニバス的な小説を書いていました。
たぶん、解釈的にオムニバスで合ってると思うけど。
アンソロジーじゃないよね?

そもそも、オムニバスって?
アンソロジーって? 
って思うやん。

オムニバスとは西鉄バスが幅を利かせている福岡市民に「移動手段なん使いよーと?」って聞いたら「主にバス」って答えたところから派生した単語ではなくて、ラテン語らしい。

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クリスマスプレゼント

クリスマスプレゼント

あの歌の歌詞は本当だった。
恋人は本当にサンタクロースだって思った。

奈月にも罪悪感はあった。

夏から付き合い始めた同じ歳の彼氏とのクリスマス。彼氏である隆史を騙す形で、家のクリスマスパーティに誘うことになってしまったことを奈月は申し訳なく思っていた。

隆史は優しいから、ちゃんと説明すれば喜んで家に来てくれるような気もした。反面、無理をさせてしまうかもしれないと思うと、奈月は最後の最後までそ

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クリスマスイブ・イブ

クリスマスイブ・イブ

春は別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。
今年の春、私はそれを体現することになった。

「もうサヤカのことは嫌いになった」

ちょっと信じられないくらいに衝撃的な別れの言葉だった。
「好きな人ができた」とか「僕では君を幸せにできない」とか「こういうところが合わない」とかだったら、まだ理解もできるけど。
嫌いになるってどういうことだろうと、私の頭は混乱した。

やたらと嫌いを連呼する人だとは思

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