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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#031



元歌 レミオロメン「粉雪」

粉雪 ねえ 心まで白く 染められたなら
二人の 孤独を分け合う 事が出来たのかい


「♫粉雪~」 んとこ 目覚ましの音に セットしたけど
めちゃめちゃ うるさすぎたので 朝に解除した




確かに、耳元でいきなり「♫粉雪~」って歌われたら、めちゃめちゃビックリしてしまいます

その日一日を、心臓をドキドキさせたまま過ごさなければならなくなるでしょう

そうなんです、心地よく起きるのではあれば、『粉雪』より、山下達郎の『クリスマス・イブ』方式のほうが断然良いのです

「♫雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう♪」方式です

降りだした雨が、時間をかけてゆっくりと雪になっていく、あの感じ……

あんな風に、最初は微かな音から始まり、徐々にボリュウームを上げていって、最後に大きな音で起こしてもらいたいのです、出来れば

「小雨小雨小雨……」「雨雨雨……」「みぞれみぞれみぞれ……」「雪雪雪……」

そして最後に、「♫粉雪~」と来てほしいのです

……

今、アタイラがいる時代の目覚まし時計は、とても暴力的です

「ジリリリリ!!!」と火災報知器みたいなデカい音を鳴らします

あまりにも音が大きいので、毎朝、ベルが鳴る直前に止めてしまうほどです

時計の針が設定時刻に重なった時の音、あの「カサッ」という小さな音がした瞬間に飛び起き、必死で止めにかかるのです

それくらいの恐怖なんです……ホント

デジタルっぽい、数字の書かれたカードがパラパラめくれるだけの偽デジタル目覚まし時計も有るには有りますが……

それも、まるでクイズ番組で不正解を出した時に鳴るブザー音みたいな音なので、正直とても味気無く、朝っぱらからテンション爆下がりなのです

……

そこへいくと、令和の目覚ましは、超至れり尽くせりでした

懐かしいな~、令和時代……

令和の目覚ましは、『クリスマス・イブ』方式のように、微かな音から徐々に音量を上げていってくれます

しかも、二度寝、三度寝にも対応できるよう、何回でも音を鳴らしてくれるのです

井上陽水の『東へ西へ』で歌われたら〈母親みたいに心の通わない目覚まし時計〉など、影も形も有りませんでした

令和の物腰柔らかな母親は、どんなに寝坊をしても決して怒らず、遠くから優しい声を出しながら近づいてきて、心地良く起こしてくれるのです

しかも、それを根気強く何度も繰り返してくれます

あまりにも快適すぎて、不安になってしまうくらいです

この快適さの裏に、何かが隠されているのではないか?

この快適さのために、知らない誰かが犠牲になっているのではないか?

そんな考えが脳裏に浮かんでしまうほどなのです

だいたい、過度な良妻賢母などは疑ってかかったほうが良いのです

非の打ちどころの無い完璧な女が立つキッチンの床下から、死体がゴロゴロ出てくるなんて事件も珍しくないのですから……

……

しかし、この世で一番素晴らしい目覚めといえば、何といってもネコたちに起こされる目覚めでしょう

奴らは毎朝、ほぼ決まった時間にやって来ます

その日が休日だとか、徹夜仕事が終わり今さっき寝たばっかりだとか、そんなことには一切お構い無しです

寝室のドアを閉めておいても無駄です

自分でドアを開けるか、開けられない時は、カリカリニャーニャーカリカリニャーニャー攻撃を延々と繰り返します

イサオも朝になると、寝ているアタイの胸に乗ってきました

そして、前足でアタイの鼻をチョンチョンしました

アタイが起きない時は、鼻がもげるまでチョンチョンし続けました

ホントに、本当に面倒くさい奴らです

そうです、人生が続く限りくり返される毎日の大切なスタート地点を、我々はネコたちに牛耳られているのです

快適で心地よい朝など、ネコたちは提供してくれません

ネコたちは自分のことしか考えていないのです

でも、ネコたちは教えてくれます

人生の面倒くささを……

面倒くさい人生の素晴らしさを……




また、リビングのソファで寝てしまいました

窓から入った風が、レースのカーテンを揺らしています

寝返りを打ったアタイの汗ばんだ背中を、風がヒンヤリとなでていきました

テーブルの上には、事件翌日の夕刊と一週間後に発売された写真週刊誌が置かれたままになっています

アタイは、ゆっくりと上体を起こしました

……




あの日の深夜、原付に乗った大勢の少女たちが高速道路に侵入するという事件が発生しました

複数の料金所から少女たちは一斉になだれ込んだのです

暴走を繰り返したあげく、少女たちはある一か所に集結しました

そして、自分たちが乗っていた原付でバリケードを作り、高速道路の上下線を通行止めにしてしまったのです

足止めを食らったドライバーたちの怒号が飛び交うなか、駆けつけた県警機動隊と少女たちは乱闘を繰り広げました

「日本でこんなことが起こるなんて……」と呟いた、ある隊員の顔は、少しだけ笑っていたそうです

……

激しい乱闘が続くなか、一匹のネコが高速道路をゆっくりと横断して行きました

そう、とてもゆっくりと……

その直後、レディース総長の号令が鳴り響きました

それと同時に、暴れていた少女たちは急におとなしくなり、警察の指示にも素直に従うようになってしまいました

拍子抜けした機動隊員たちも、妙に紳士的な態度をとり始め、まるでレディをエスコートするように少女たちの身柄を確保したのだそうです

……

その様子を見ていたドライバーたちの証言によると……

少女たちがおとなしくなる直前、牛久大仏のような巨大な仏像が、深夜の高速道路をゆっくりと横断していくのが見えたそうです

しかし、その内容があまりにも荒唐無稽すぎるということで、大勢の目撃者がいたにもかかわらず、結局、新聞記事には載りませんでした

……

アタイは、テーブルの上の写真週刊誌を開きました

そのページの写真には、自分のよく知っている少女たちが写っています

記事の見出しは『現代の理由なき反抗?!』

黒い線で目を隠されている少女たちは、カメラに向かってVサインをしながら笑っていました





事件の二日後、一匹のネコがアタイの胸の上に乗ってきました

体重があまりにも軽かったので、最初はイサオだとわかりませんでした

毛のツヤも無くなり汚れてはいましたが、怪我はしていないようでした

ただ、ビックリするくらい瘦せていました

アタイは飛び起きると、皿に餌をタップリと入れてやりました

イサオは、すぐに食べ始めず餌のニオイを一回嗅ぐと、こちらをジッと見ていました

勢い良くガツガツと食らいつくだけの体力も、残っていなかったようです

……

お前もギリギリだったんだな……ゴメンな……

……

やがてイサオは、ゆっくりと餌を食べ始めました

アタイは横にしゃがみ込み、頬杖をつきながらその様子を眺めました

安心したからなのか、急に涙があふれてきました

涙はフローリングの上にポタポタと垂れました

タオルで拭いても拭いても涙があふれてきました

アタイは立ち上がると、キッチンの流しに行き、思いっきり泣きました





ああ、そうそう、テーブルの写真週刊誌の横に、もう一つ大切なモノがあるのを忘れていました

封筒に入った手紙

暮居カズヤスからの手紙です

……

暮居は、この手紙を残して姿を消してしまいました

やってはいけない事をやってしまったからだそうです

過去を変えるなと、散々アタイに説教しておきながら、指導的立場である当の本人がルールを破ってしまったからです

まあ、でも、いってる事とやってる事が違うというのが男というモノの特徴なので、今回ばかりは良しとしましょう

……

手紙の前半は、業務連絡的というか、事務的な内容が書かれていました

自分もいなくなるし、アタイの状態もアレなので、病院に掛け合って先輩の入院期間を延長してもらったこと

二人の生活は、自分がいなくなるだけで、基本的には何も変わらないから心配には及ばないこと

自分の後輩である〈K君〉が、時々アジトに訪ねて行って身の回りのことをしてくれるので、何か問題が有ったら遠慮せず彼に相談すること……などなど

……

……

「この手紙を読んでいる頃には、君もだいぶ回復していることだろう」

「まずは、黙って姿を消してしまったことを謝りたい」

「自業自得とはいえ、かなり切羽詰まっていたんだ」

……

「自分自身でも驚いてしまうくらい、僕は予想外の行動をとってしまった」

「でも、後悔はしていない、それは君も一緒だろ?」

「君の後輩たち、あの勇敢な少女たちにも謝っておいてほしい、心から申し訳なかったと……」

「でも、君の口から謝罪の言葉が出てしまったら、水臭いって彼女たちから怒られてしまうだろうけどね、きっと」

……

「君たちの行動には、本当に感動したよ」

「やっぱり人間は、自分のためではなく、自分以外の誰かのために生きている方が圧倒的に美しいと改めて教えてもらったような気分だ」

「もしも、全人類が自分のためではなく、自分以外の誰かのために生きるようになったなら、世界はもうちょっと平和になるのかも知れないね」

……

「ああ、そうそう、イサオ君の命を救ったことについてなんだけど、僕にはお礼をいわないでほしい」

「もし、どうしてもというのであれば、量子双子の片割れである〈美波真里〉にいってくれ、まあ、そんな機会があればだけれども……」

「彼女は僕の違反行為をあえて無視してくれた、そう、わかっていながら見逃してくれたんだから……」

……

「でも、僕に対してお礼をいわないでほしいという理由は、謙遜なんかじゃないんだ」

「僕はイサオ君を救ったとは思っていない」

「いや、本質的には救っていない、といったほうがいいだろうか……」

……

「君たちとの旅の途中で、イサオ君は頻繁に毛色を変えるようになっただろ?」

「あの現象は、先輩が先に事故に遭ったせいで、彼が命を救われてしまったからなんだ」

「そう、彼は中途半端な存在、死ななかったネコではなく、死ねないネコになってしまった」

「そして僕は、またもや彼の命を救ってしまった……」

「何でそんなことをしたかわかるかい?」

「答えは、君に考える時間、選択する時間を与えるためさ」

「先輩の命と天秤にかけたままの状態で、精神的余裕もなく、わけのわからないままイサオ君を失ったら、君は一生後悔するだろう」

「そして自分を責め続けるだろう」

「僕はそう思ったんだ」

……

「イサオ君は二度も命を救われてしまった」

「僕のせいでね」

「そのせいで、彼はますます死ねないネコになってしまった」

「このままだとイサオ君は、宙ぶらりんの状態のまま、徐々に概念としてのネコに近づいていくだろう」

「一匹の平凡なネコではなく、実体の無い概念としてのネコにね」

「そう、僕は、その責任を取らないまま姿を消してしまったというわけさ」

「どうだい? 僕はお礼をいわれるべき存在ではなくて、罵声を浴びせられるべき存在だということがわかっただろ?」

……

「これからイサオ君は、どんどん不安定な存在になっていくだろう」

「イサオ君をどうするか、いや、どうすべきかは、君が決めてくれ」

「時間は有る、少なくともあの事件の夜よりは、時間はたっぷり有るはずだ」

「どんなに辛くても、どんなに悲しい結果になったとしても、妥協せず徹底的に考えた結果の結論であれば、後悔はしないで済むだろうからね」

「無責任な男で本当に申し訳ない」

「僕自身も、何か解決方法はないかとモナドンに質問してみたんだ」

「でも、イサオ君を最終的にどうしたいのか? と逆に質問されてしまったよ」

「そこで、僕のキーボードを打つ手は止まってしまった」

「僕には、その質問に答える権利がないからだ」

……

「君たちに有益なアドバイスができなくて、本当に申し訳ないと思っている」

「でも、もしも、お前だったらどうすると問われたら……そうだな……」

「〈朝焼け〉に会いに行くかな……」

「どこに行けば会えるのかも、そもそも本当に存在しているのかどうかもわからないけれど、それくらいしか思いつかないんだ」

「無責任なうえに頼りにならない男で、本当に申し訳ない」

「さっきから謝ってばかりで本当に申し訳ない」

「情けないことだけど、今の僕には謝ることぐらいしか出来ないんだ……ゴメン……」

……

「僕たち〈サザンライトパーソンプロジェクト〉は、君たちを愛している」

「愛という言葉を軽々しく使いたくはないんだけど、ほかに適当な言葉が見つからないんだ」

「君たちが愛すべき存在であることを、そして君たちに巡り会えたことを神に感謝する」

「さようなら……また会えることを心から願っています」

……

……

アタイは、手紙を床に叩きつけると足で何度も踏みつけました

そして、手紙を拾い上げると、また、最初から読み返しました

手紙を読み終わると、アタイは、また、手紙を床に叩きつけ、足で踏みつけました

そして、また、手紙を拾い上げると丁寧に折りたたみ封筒にしまいました

……

……





先輩が帰ってきました

特に大きなトラブルも無く、無事退院したのです

一度だけですが……骨折で救急搬送され、痛い痛いと騒いでいた男の胸ぐらを掴んで「いい大人がギャーギャー泣きわめくんじゃねえ!」といって殴りつけ、失神させてしまったことがあったそうです

しかし、その頃、すでに先輩は病院の院長とマブダチになっていたので、大事には至らなかったそうです

まあ、先輩にしては上出来な方でしょう

……

退院した先輩は、事件前の先輩と全く変わっていませんでした

この人は本当にすごい人だと、改めて思いました





暮居がいった通り、イサオの存在は徐々に不安定になっていきました

毛の色だけでなく、年齢までもがめまぐるしく変化するようになってしまったのです

ある時は年老いたネコに、そしてある時は子ネコに……

暮居カズヤスがいっていた概念としてのネコ、概念の表象としてのネコに近づいて行ったのです

先輩には、暮居の手紙のことはいいませんでした

それでも、イサオの異常事態が先輩自身の事件に関係しているらしいことには、かんづいている様子でした

……

やがてイサオは、子ネコになる回数が増えていき、頻繁に眠るようになってしまいました

そして、とうとうイサオは、眠る子ネコになってしまったのです

……




アタイラは、タオルを敷き詰めたピクニックバスケットにイサオを寝かせると、かわりばんこにその様子を見守るようになりました

目を離している隙に、イサオが消えて無くなってしまうのではないか? という恐怖心がそうさせたのかもしれません

眠り続けるイサオが、心配で心配で……

子ネコになったイサオが、愛おしくて愛おしくて……

アタイは眠っている子ネコを撫でながら「イサオ……イサオ……」と囁き続けました

イサオは、とても幸福そうな顔をして寝ています

……

でも、イサオ? お前は……お前は幸せじゃないんだろ?

……

……





そんな日々が続き、アタイは精神的に不安定になっていきました

近頃は、夜もうまく眠れません

アタイは、終わりの見えない状況に疲れ果てていました

……

……

ある日、アタイはいつものようにバスケットの中のイサオを優しく撫でながらボーっとしていました

いつもと変わらぬ平凡な日です

心地よさそうに眠る子ネコの温かさが、指先に伝わってきます

……

……

「オイッ!」

先輩の大きな声で、アタイは我に返りました

自分でも信じられないことですが、アタイは眠っている子ネコの首に手をかけていたのです

え? なんで?

アタイは、サッと手を引くと、思わず自分の口を押さえました

声は出ませんでした

過ちを犯しかけた自分の行動が、そして、それが無意識だったということが……全ての言葉を無効にしてしまったのです

アタイは、震える右手を震える左手で押さえつけていました

……

……

……


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