記事一覧
「谷口八重子は笑わない」
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「あんたんとこアルマーニとポールスミスばっかやろ」
真知子叔母さんは、私の勤め先をさして言った。
「女はあれやな、ケイト・スペード」
私たちは、開場時刻までを阪急メンズ館を周遊して過ごそうとしている。先月から、私はキング・クリムゾンを予習し始めた。国際フォーラムでの日本公演の為だ。銀座の百貨店へは行かない。叔母なりに気を遣ったのだろう。私は美容部員だ。デパートは、仕事の延長線上にある。正確に
短編小説「ドロシー・イン・フラノ」
打ちつける真夏の通り雨を拍動が幾度も追い払おうとしている。ミラは、略喪服の7分丈を捲り下ろした。後部座席からミラは、制服を着た壮年の運転手に祖父の面影を見出そうと空港から粘ったが、それはあまりにも難儀な話だった。運転手は、滑らかな手指に、華奢でひんやりとした質感の肌を持っていた。彼は、見渡しても誰もいない町道を交通違反の取り締まりばかり警戒し、信号を遵守、法令速度で走った。記憶の中の祖父、久は偉丈
もっとみる短編小説「うろんなふたり」
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受付の女が、やけに親切だった。
名前を告げると、立ち上がり、手鏡をくれ、ネクタイの緩みを直してくれた。栗田は、前髪を整え、サイドを耳にかけた。その女は、栗田の上着に洋服クリーナーを一通り掛け終わると、栗田を所長室へと通した。女は履歴書のコピーを取る必要があると言った。渡す時に見た桜色の爪が、いかにもデスクワークの人間らしいと栗田は思った。
栗田が大学院を中退したのは、2年前の冬だった。災
短編小説「プラネテス、アイキャンディ」
今日もまた、やってしまった。
レンズの向こう側に、従順で、そこそこ有能そうに見える「女子大生」を送り出してしまった。
職業的微笑。
シャッターが切られるタイミングで、
「ウイスキー」
と、声無しに唱えると、それは不思議と出来上がる。スマイルの量産。女らしさとは。
秀でた額、艶のある肌に控えめにちょこんと乗った小さな鼻。三白眼で意志的な瞳の印象をふっくらとした頰が、和らげている。本当は、