記事一覧
東日本大震災が開示した『不都合な真実』
東日本大震災。
2011年3月11日に日本を襲ったこの自然の猛威は、高度な科学技術・文明を誇る現代人に、人間の無力さを見せつけてあまりある出来事であった。
だけど同時にこの震災は、わたしたちが新しいタイプの危険ー自らの行為・選択の帰結としてもたらされる危険ーにさらされる「リスク社会」を生きていることをあらためて突きつけるものであった。
大量の放射線物質の流出をともなう福島第一原子力発電所
学校のある世界と学校のない世界
現代社会にはあたりまえのように学校があり、人々は学校に通い、そこで学歴を獲得して職業に就いていく。
こうした現代社会のしくみ=構造の特徴を考えたり、今と異なる社会のしくみを考えるには、学校教育と「教える・学ぶ」という営みとを分けて考えることが重要である。
わたしたちは、学ぶとは学校に通うことであり、教えるとは教師が担うものだと考える。しかし、日本で学齢期の子どもの大半が学校に通うようになっ
いじめ問題〜学校におけるいじめ〜
いじめは現代の教育問題のなかで、もっとも多くの人が直接経験したことのある問題であろう。小・中・高校で1度も身近でいじめが起こったことがない人は少ないと思われる。
いじめを定義するならば、「同じ集団内における相互作用過程においてなんらかの意味で優位に立つ者が、劣位にある者に対して継続的に精神的、身体的攻撃を加えたり、排除したりすること」となるだろう。
いじめとは同じ集団(クラスや友だちグルー
教師の役割~生徒へのまなざし~
教師の役割は、社会状況、きに対する人々のまなざし、教師の文化、教師生徒関係などの社会文化的な理由によって変化してきた。
高度経済成長期の教師は、生活水準の向上を願う国民の学校に対する要求と、社会人の養成という社会的な要請が互いにかみ合って、経済的な目標を助ける手段としての役割を人々から期待された。だけど、高度成長が安定した70年代後半から、社会からの要請と国民の学校への要求とのあいだの関係