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たにんのはなし

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他の方が書いたnoteの中でも特別『スキ』な、何度も読み返したい作品を勝手にまとめます
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#RTした人の小説を読みに行く をやってみた【第1回総評】

#RTした人の小説を読みに行く をやってみた【第1回総評】

「書評・批評がそれ自体独立したコンテンツとして楽しめるように」をテーマとしてはじめた、「#RTした人の小説を読みに行く をやってみた」は、ひとまずイキりすぎて炎上することなく、無事に10人の作者の10作の小説についてレビューをつけることができた。
 これはひとえに応援してくださっている方々と力作を惜しみなく寄せてくださる実作者のみなさまおかげで、また文学好きの方々をはじめ、作家・編集者・書店員・校

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たつひこさんのこと。

たつひこさんのこと。

 はじめてできた小説を書く友だちは「たつひこさん」というひとで、「たつひこ」という名前は旦那さんの名前なんだと教えてもらったのは、小説投稿サイトで何回かコメントをつけたあとだった。

 いまでこそ小説を書く友だちというのは増えたのだけれども、いまもむかしも変わらないのは「書く」という営みだけが生命線ということ。書くのをやめたひとはたぶん自分でも気がつかないうちに小説を書くのをやめてしまっていて、い

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退屈だ、誰か死ね

 アルバート・フィッシュを知っているか。
 僕は知らないと答えた。
 特別お腹が空いていた訳でもないのに、目に入ったから、歩き疲れてどこかに座りたかったから、所持金に余裕があったからという理由でハンバーガーショップに入店した僕らは窓際の二人用の席に着いて、一番安いハンバーガーのみでかれこれ二時間ほど粘っている。窓ガラスの向こうを頻繁に通り過ぎていく女子高生たちを眺め、誰に似ているかという話題だけで

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オードリーの奥歯。

オードリーの奥歯には、天国までの地図が彫り込まれている。
まあ、たいした問題じゃない。
みんな知ってることだし、ぼくも一度だけ見たことがある。
割と近所だった。

ぼくらは大学時代からの親友で、互いに就職してからも同じ街に住み、ちょくちょく呑みに行ったり部屋を訪問し合ったりした。

ちなみにオードリーと云うのは奴の本当の名字で、漢字で書くと大鳥居。なるほど、異界への門を司るにはもってこいって感じだ

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故郷に海ができる【掌編小説】

 あなたゴルフする? あたしはしない。でも穴のことなら分かる。ほらグリーンに空いているまあるい穴。あれって不思議な大きさよね。大きすぎもせず、小さすぎもせず。他の何にも似ていない穴。すごく的確な空洞。

 パパが開けた穴もちょうどそれと同じくらいの大きさの穴だった。
園芸用のスコップを持っていきなり庭の畑を掘り始めたの。畑っていっても趣味(というかパパの暇つぶし)の家庭菜園用だから、全然猫の額みた

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そうなった。

心に壁がある。
まっしろな壁だ。

塗られるのを、待っているように見える。

まっしろな壁。
それは待っている。
貼られ塗られその存在のヴォリュームを限りなく落とす日を。

主客の転倒。
個性の放棄。
積極的諦観。

だから私はそこに貼りつける。
思い出をひとつ。またひとつ。

花。
賞状。
似顔絵。
桜の若葉。
俳優の近影。
雑誌の切抜き。
映画のポスター。
初めて買った煙草。
セルフポート

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娘の恋人に説教する。

度肝を抜かれた。

四つ辻右折出会い頭。
ほんの僅かな隙を突かれる。

山高帽子の気取った男が、にやにやと嗤ってぼくを見る。

黒山羊みたいな男だった。
浅黒い肌。
細身の、だが均衡の取れた引き締まった肉体。
身にまとう黒衣と山高帽子。
口元の乱杭歯。
異形ではあるが、そこにはある種のスマートさが感じられる。

それが、余計に不気味だった。

男は誇らしげに左手を掲げる。
袖口から覗く手首には、解

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