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ショート小説まとめ

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オリジナルのショート小説をまとめています。科学を題材にしたものから、ノンジャンルまで。
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記事一覧

経歴ウォッシング(ショートショート)

経歴ウォッシング(ショートショート)

ある国では、人生につまづいて引きこもったり、鬱になる人がたくさんいました。
労働力不足に悩んだ政府は、国の学者たちを集めて対策を考えました。

そして考えた対策は「人生で失敗した経験を1つ消してあげる」サービスです。
いままでの辛い過去や思い出したくないことを1つ、本人や周りの人の記憶から消して、齟齬が起きないように行政が管理する記録からも消し去ります。

「これで辛いことを忘れされば、前を向いて

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[1分小説]新聞屋のSくん

[1分小説]新聞屋のSくん

同級生のSくん家は新聞屋。新聞を印刷して毎朝配達している。

Sくんが新聞屋だってことは、同級生の全員が知っている。

僕の家ではその新聞をとっていなかった。親同士の会話で、子供向けの新聞をとらないかとすすめられたこともあったけど、結局とらなかった。

Sくんの家にはゲームソフトがたくさんあった。見たこともないゲーム機や変わったコントローラもあった。同級生数人でSくんの家にいくと、いつも対戦ゲーム

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【1分ショート小説】頬の香り

【1分ショート小説】頬の香り

電車の時刻を気にしながら駅まで向かう。

本屋の前の狭い歩道で、前から来たベビーカーを押す女性とすれ違った。

その瞬間、何かが香り、頬のなめらかな感触と首筋がフラッシュバックした。

振り返ってもそこに知った人はいない。

これはファンデーションの香りだ。M先輩がつけていたものと同じの。

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電車の扉にもたれながら、M先輩を思い出していた。

あの人を思い返すと

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火星のあの子【ショート小説】

火星のあの子【ショート小説】

日曜日の12時、JRと私鉄が乗り入れている駅の改札を抜けると、天井が高い通路に百貨店や旅行代理店の入口が並んでいる。目印の柱を探して近づくと、くすんだ水色のコートを着た女性が視界に入った。

実際にいて安心したが、相手の表情が少し怖い。あ、ちょっと苦手かも。

近づくと目があった。

「アヤさんですか」確信しつつ、恐る恐るたずねると、

「はい….... ナオキさんですよね」かすかに明るくして問い

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2月の肌に触れるやさしさ[ショート小説]

2月の肌に触れるやさしさ[ショート小説]

ダウンコートを脱ぎたくなる気温が続いて、週末、近所の咲き始めた梅園には人が群がっていた。ある人はスマホのカメラを枝に向けて、ある人はビニールシートを敷いて焼きそばを食べている。

冬も終わりか・・・

もうマフラーを巻いていられなくなる。

例年だったら、これからどんどん暖かくなることにそわそわと期待したり、春に何を着ようか悩んだりしていた。

今年は違う。彼女にカシミヤのセーターをもらったのは一

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ニュータウン[ショート小説]

ニュータウン[ショート小説]

幼いころ週末に家族で出かけると、決まってニュータウンに行った。家から車で数kmの道のり。図書館に行ったり大型スーパーに買い物を待たされたり、ファミレスでご飯を食べたり。私は後部座席の左が定位置。帰りは疲れてシートに仰向けになる。

窓の外、夜空の中で左から右へ流れていく街灯のオレンジを見るたびに、ここは未来世界なのか宇宙都市なのか、いまが現実ではない気持ちになった。

どこかの星の地球そっくりに造

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くちびるまで0.5ナノ秒[ショート小説]

今日ものんびり布団を出て、自転車で大学に向かう。まず最初に学食でお昼のサバ定食をほおばる。研究室に向かうのはお腹が満たされてから。卒業論文の実験をするためだ。

研究室に着いて、お気に入りのマグカップで紅茶を淹れる。居室の自分の席に座り、背後に座る同期と背中越しにパソコンガジェットについて語り合う。あ、新しいキーボードが出てる、買うか買うまいか。アニメ新番組の情報をチェックして、どれを観るか選ぶ。

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祖母のカメラのファインダー[ショート小説]

祖母のカメラのファインダー[ショート小説]

"親戚にカメラ好きを公言すると、次々とクラシックカメラを貰える"

カメラ雑誌を眺めているとそんな裏技らしき文言が目に入った。私はちょうどフィルム写真が気になっていたので、さっそく母経由で親戚に言いふらしてもらうと、一週間後におばあちゃんから宅配便が届いた。

ダンボールの中からまず野菜が出てきたが、その脇に入っていたカメラを取り出すと、いつか田舎で見た覚えがあるコニカだった。ネットで調べてみると

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水面に浮かぶショウジョウバエ【ショート小説】

水面に浮かぶショウジョウバエ【ショート小説】

仕事で南関東のある地方都市に暮らしていたころ、金曜の夜によく同僚Kの家で飲んでいた。

築浅で汚くはないのだが、木造で家賃が安く、玄関のドアも木製で軽かった。もちろん隣の部屋の物音も聞こえてくる。

「もうちょい良い部屋に引っ越したら?」Kが小声で忠告する。

「いや、築2年だけど前に住民いなかったから実質新築だし、ネット込みだし、結構都合いいんだよ」小声のドヤ顔で返された。

今夜もちゃぶ台を囲

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【ショート小説】足元に見続けてきたものたち

【ショート小説】足元に見続けてきたものたち

子供のころ、日曜日、父とサイクリングに出かけた。家を出て河原の土手を走り、もうずいぶん遠くまできた。11月の木や地面の景色はすっかり茶色と灰色が増えてきた。住宅街の狭いアスファルトの道に降りようとすると、目の前に灰色のボロ雑巾が落ちていた。汚いなぁと思いながらそのすぐ脇を通って見下ろすと、雑巾と目が合った。

体を大の字に広げてぺちゃんこになった小動物がいた。何度も車に轢かれたんだろう、骨も砕けて

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わたしの日常が揺らいだ日[ショート小説]

わたしの日常が揺らいだ日[ショート小説]

高校2年の夏休みに出会った漫画は、救いのない道に進んでしまう姉と弟の話で、私は退廃的な世界観にのめり込んだ。周りに追い詰められていく姉と弟の展開に心を締め付けられながら、エアコンが無い自室で1ページずつ味わう私の顎と胸には汗があふれた。

秋の土曜深夜、眠れないことに諦めて布団から出る。昼寝しすぎたようだ。同じ漫画家の初期短編集を古本屋で見つけて買ったが、まだ読んでいない。

短編の1つめは、見た

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赤帽タッチ![ショート小説]

赤帽タッチ![ショート小説]

異質なものが出現すると、人はそれを「穢れ(けがれ)」とみなす。異質なもの自体を排除しようとすることもあれば、見たり触れたりして穢れを受けてしまった(と感じる)自分を清めようとすることもある。

風邪は誰かにうつせば治る、みたいな昔からの考えも同じものなんだろう。

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小学生の頃、県道の大通り沿いで時折小さなトラックを見かけることがあった。それは白地に

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8月が終わったと感じるとき[ショート小説]

8月が終わったと感じるとき[ショート小説]

リモートワーク中の昼休み、隣町まで買い物に行く途中に橋を渡る。土手を眺めると、草むらのなかに赤色があった。彼岸花だった。

そうか、もう9月か。

もちろんカレンダー上9月になっていたことは知っているけど、家にこもっていると季節に疎くなってしまう。秋の花を見て、夏が終わったことを改めて思い知らされた。

今年の夏は遠出をしていないけど、ささやかな小旅行をしたり、有名店のかき氷を食べたり、メロンを一

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M君の夢[ショート小説]

M君の夢[ショート小説]

朝、目が覚めて、夢にM君が出てきたことに焦った。何年も名前を思い出したこともなかったのに。

小学校の同級生で、いつも隣にいるライバルだと思っていたM君。勉強も、クラスで笑いを取るのも、、、恋愛も。

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大人になって働きだしてから、なぜか高校に通い始めた。僕らはお互い同じ学校にいて。帰りの電車のなか、再会を喜んで普通に話せた。

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現実では中学が別々で疎遠にな

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