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アルレッキーノ、タッチストーンそしてジョーカー 斜に構えるスタンスも私のパートナー その2.41 当たり前過ぎて意識しなくなっていること

 王道を歩むことが人生の軸です。その上で対極にある斜に構えるスタンスも恣意的に取ることは忘れません。

 そのスタンスの典型に1つである、道化師として芸術作品で扱われる役回り。

 その1では、

 良い年をして、最近になってこのnoteのプラットフォームの中のアルレッキーノさんの作品に触れる機会があり、正にnoteさんがご縁でアルレッキーノを意識するようになり、リファレンスとしてアルレッキーノ (Arlecchino)をこれから少しずつ勉強していこうと思っています。

というお話でした。

 その2.1では、アルレッキーノに次いでタッチストーンを。王道を歩むことを柱に構成されている私の頭の中の仮想パートナーとして、斜に構えるスタンスのメインのリファレンスロールモデル。
 NHK教育テレビの市民大学講座で小田島雄志先生のシェイクスピアの作品の解釈を通じて、異なった目線で物事を見ているタッチストーンの重要さを知り、私の心の深い場所にシェイクスピアの作品は鎮座したというお話でした。

 その2.2は網羅性あるBBCのシェークスピア劇場を小田島雄志先生の市民大学講座テキストを座右に置き、当時最新の業務用技術を搭載したソニーのベータマックスビデオデッキを無理して買って、そのジョグダイヤルという業務用機器に使われる機能を駆使して気に入った場面や深く理解したい場面を繰り返し再生し鑑賞したというお話でした。
 受験勉強から解放されパッと道が開けた時に主役だけではなく、むしろ脇役に重要なメッセージ性を持たせている作品、お気に召すままのタッチストーンがシンボリックな形で私の心に入って来たというお話でもありました。

 その2.3は、
いつかは現地のグローブ座で観劇してみたいなぁ…
というぼんやりした思いを、タッチストーンを心のパートナーとして持ち続け、技術者から海外畑セールス&マーケティングに身を振ってと、20年近く掛けてそれを現実にしたというお話でした。

 理系の私が、古語の英語で観劇を楽しむ、道化のタッチストーンがくれた人生の多面的な見方がこんな形で私の人生に彩りを与えてくれたという…

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 今回は、話の焦点がボケるのでタッチストーンの話の流れに入れ込めなかったポイントの1つ目のご紹介です。
(その2.3が長かったのでポイント毎に短く刻みますね…)

[ジェイクイズの扱い]

 お気に召すままでシェイクスピアをして
「この世は舞台」
という名台詞を言わしめたジェイクイズ。シェイクスピアの世界観をかなり直接的に表現していて、ある意味では主役かなぁ。

この世は全て一つの舞台、男(達)も女(達)も、人はみな役者に過ぎぬ。

All the world’s a stage,
And all the men and women merely players…

 これはこれで作品の流れの中ではとても味わいのある役割だと思っています。

 シェイクスピアの専門家は多数いらして素人が云々というのは避けて執筆したのですが、一応

ジェイクイズはネガティブだけどタッチストーンほど斜に構えてはいない

と感じてもいます。ジェイクイズにはないタッチストーンの小気味良さも、クレバーさも楽しめます。まぁ劇中でジェイクイズ自身、タッチストーンに一目置いていると感じさせるシーンもありますよね。そんな意味からタッチストーンの方がよりインパクトを感じさせました。(ここは全くの私の個人的印象です。)

 ということで、ジェイクイズよりもタッチストーンが私の人生のブレイクスルーを引き起こす為のパートナーになったのだと思います。

 とは言え、まぁ毎日が日曜日になって日が浅く、これから機会を得て時間が取れず食い散らかしたままになっているところを少しずつ楽しみなが埋めて行きたいと思っています。

 シェイクスピアの作品群も、小田島雄志先生の解釈も人生経験を踏まえて、青い鳥や西田幾多郎の円じゃないですが…

一周ぐるっと回って違う印象になるかもしれませんね。
今風に表現すると

新しい景色が見えてくる

という感じでしょうか。そんな自分に期待しています…

 そしてこれもその2.1でご紹介した身近なことから一つ一つって感じですかね~

 その成果が本編なんです。

つづく


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