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本を読んで考えたことを中心に書いています。 文学、哲学、社会学、歴史、批評など、人文系…

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本を読んで考えたことを中心に書いています。 文学、哲学、社会学、歴史、批評など、人文系の本が多いです。 日英仏翻訳者です。翻訳ついても書きます。

記事一覧

Doppelganger N.Klein /The Case against Perfection M.Sandel/                鈴木邦男の愛国問答 鈴木邦男

Doppelganger Naomi Klein The Case against Perfection Michael Sandel 鈴木邦男の愛国問答 鈴木邦男 最近読んだ本です。まったく違う主題の本ですが、どれも、社会の諸…

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2週間前
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『青年』 森鴎外          ~こんな青春してみたい~

青年 森鴎外 作家になろうかな〜とぼんやり考えつつ東京に遊学中の、容姿端麗で性格も温厚で全ての女にモテる地方の資産家のボンボン純一が主人公です。 教養小説(ビルド…

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2週間前
8

塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性 藤本和子 ~語る言葉を創る人~

塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性 藤本和子 (岩波現代文庫) 80年代に書かれた本です。7人の年齢も職業も違う米国の黒人女性の話を聞き書きしたもの。公民権運動が盛…

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2週間前
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【訳書】ラルース百科事典の芸術   ~フランス老舗出版社の至宝~   (グラフィック社)

1月に刊行された拙訳書です。ちょっと手違いがあり、最近やっと手に取りました。 〈創業170周年を迎えた老舗出版社の比類なきアーカイブの結晶〉 ~ラルース百科事典を彩…

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3週間前
8

『弥勒の世』町田康        (文學界2024年4月号)       ~見た目って~

弥勒の世 町田康 (文學界2024年4月号) 肌の色、言語、国籍、文化、宗教などなど、アイデンティティの根拠とされる要素はいろいろあります。そのなかでも、他者の視線に…

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4週間前
9

『自殺帳』 春日武彦(晶文社)   ~丸ごと矛盾~

『自殺帳』 春日武彦 (晶文社) 精神科医である著者自身がじっさいに遭遇したケースも含めた、ときには凄惨な自殺者たちのエピソードを中心に、自殺について考察してい…

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4週間前
8

『反哲学入門』木田元 ~先生のボヤキ~

『反哲学入門』 木田元 万年哲学入門者の私ですが、今回は「反哲学」に入門してみました。 木田元先生といえば、『反哲学史』をはじめとする哲学史、そしてニーチェやハイ…

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1か月前
10

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 ~苺大福の悦び~

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 この小説は何かに似ている…と考え続けて、やっとわかりました。 「苺大福」 この世では決して味わえない(だって虚構だ…

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1か月前
6

『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

『Springスプリング』 恩田陸 ダンサーそして振付家としてドイツのカンパニーで才能を開花させ、舞台の上でも外でも世界中であらゆる人間を魅了し続ける、若き日本人バレ…

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1か月前
7

『谷崎マンガ 変態アンソロジー』    谷崎潤一郎原作

『谷崎マンガ 変態アンソロジー』 谷崎潤一郎原作 11人の漫画家と画家による、谷崎文学のマンガ化。 『痴人の愛』『陰影礼賛』『台所太平記』から、初期の短篇まで、「…

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1か月前
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『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原康 

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 栗原康 (岩波現代文庫) アナキスト、伊藤野枝。 平塚らいてうの「青鞜」に参加して記事を書き、女性の地位向上と社会の変革…

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1か月前
10

『ヘルスモニター』石田夏穂

文藝2024年春号(バックナンバー。すでに夏号は出ています) 生きている身体の延長に読むことや書くことがあるのだと信じています。 「バルクアップ!プロテイン文学」と…

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1か月前
7

『二魂一体の友』          萩原朔太郎 室生犀星        『我が愛する詩人の伝記』          室生…

『二魂一体の友』は萩原朔太郎と室生犀星がおたがいについて書いた文章を集めた本です。あらためてここで紹介するまでもなく、ふたりは日本近代詩のスーパースター。犀星は…

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1か月前
14

『メタ倫理学入門』 佐藤岳詩    ~隠されたメタ案件にも注目~    

万事が万年入門者の私ですが、今回はメタ倫理学に入門してみました。 私たちが生きている社会においては、靴下の正しいたたみ方とかのどうでもいいことから、政治や経済や…

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1か月前
6

『The Bluest Eye』Toni Morrison           ~「色」と「美」の呪力~

1. 色は支配する 『The Bluest Eye』の物語の主役はじつは色なのではないでしょうか。 黒人であるトニ・モリソンのデビュー作の主人公は、黒人の少女ピコーラ。ピコーラ…

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1か月前
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『オリエンタリズム』         エドワード・W・サイード      ~心象地理≒思考停止~

オリエンタリズム 上・下 エドワード・W・サイード 今沢紀子訳/板垣雄三・杉田英明監修 脳内で処理してつくりだした妄想上の他者。 私たちは、頭の中で勝手に他者を解釈…

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1か月前
10
Doppelganger N.Klein /The Case against Perfection M.Sandel/                鈴木邦男の愛国問答 鈴木邦男

Doppelganger N.Klein /The Case against Perfection M.Sandel/                鈴木邦男の愛国問答 鈴木邦男

Doppelganger Naomi Klein
The Case against Perfection Michael Sandel
鈴木邦男の愛国問答 鈴木邦男

最近読んだ本です。まったく違う主題の本ですが、どれも、社会の諸問題の根源には「selfの拡張」があることを指摘していて、その偶然に驚きました。しかし驚くことではないんですよね。
拡張していくselfはもちろん資本主義の産物です。「s

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『青年』 森鴎外          ~こんな青春してみたい~

『青年』 森鴎外          ~こんな青春してみたい~

青年 森鴎外

作家になろうかな〜とぼんやり考えつつ東京に遊学中の、容姿端麗で性格も温厚で全ての女にモテる地方の資産家のボンボン純一が主人公です。
教養小説(ビルドゥングスロマン)の気楽バージョンで、純一は困るほどモテるが何かといつも真剣に悩んでる。

艶っぽい未亡人の誘惑にのっては後悔し、若い娘たちとはぎこちない。
友達は良い奴悪いやつの2種類。
下宿屋の老女にはかわいがられ、周囲の人たちにも愛

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塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性 藤本和子 ~語る言葉を創る人~

塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性 藤本和子 ~語る言葉を創る人~

塩を食う女たち
聞書・北米の黒人女性
藤本和子
(岩波現代文庫)

80年代に書かれた本です。7人の年齢も職業も違う米国の黒人女性の話を聞き書きしたもの。公民権運動が盛んだった50~60年代、ブラックパワー運動(暴力を伴う)が台頭してきた70年代を過ごしてきた女たちです。
作者の目的は、「黒人であること、女であることはどういうことなのか」という問いを通して、彼女たちの考えてる「存在の根」とは何かを

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【訳書】ラルース百科事典の芸術   ~フランス老舗出版社の至宝~   (グラフィック社)

【訳書】ラルース百科事典の芸術   ~フランス老舗出版社の至宝~   (グラフィック社)

1月に刊行された拙訳書です。ちょっと手違いがあり、最近やっと手に取りました。

〈創業170周年を迎えた老舗出版社の比類なきアーカイブの結晶〉
~ラルース百科事典を彩る挿絵画から、美と驚異の世界へ誘う70点を収録。知的好奇心溢れる人なら年齢を問わず、本書に学び魅了されるでしょう。
深海、原生林、公園や庭園の秘密を探求し、そこに生きる小鳥や甲殻類、猛禽類や蝶類と出会いましょう。
画家のアトリエやガラ

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『弥勒の世』町田康        (文學界2024年4月号)       ~見た目って~

『弥勒の世』町田康        (文學界2024年4月号)       ~見た目って~

弥勒の世
町田康
(文學界2024年4月号)

肌の色、言語、国籍、文化、宗教などなど、アイデンティティの根拠とされる要素はいろいろあります。そのなかでも、他者の視線によって規定されがちな顔かたちや肌色は特殊です。だから「ルッキズム」も問題視されます。

以前投稿したのですが、トニ・モリスンの『青い眼がほしい』では、肌、髪、眼などの人間の身体の色、つまり外的な特徴によって、各人の生の在り方が決定づ

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『自殺帳』 春日武彦(晶文社)   ~丸ごと矛盾~

『自殺帳』 春日武彦(晶文社)   ~丸ごと矛盾~

『自殺帳』 春日武彦
(晶文社)

精神科医である著者自身がじっさいに遭遇したケースも含めた、ときには凄惨な自殺者たちのエピソードを中心に、自殺について考察しています。

自殺――基本暗い話じゃないですか。
なのに。眼を射るような鮮やかなイエローの表紙はポップなたたずまい。
うっすらとしたふざけ感のあるタイトル。

表紙やタイトルからして、相反や矛盾に満ちていてときめく。

著者は、わからないわか

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『反哲学入門』木田元 ~先生のボヤキ~

『反哲学入門』木田元 ~先生のボヤキ~

『反哲学入門』
木田元

万年哲学入門者の私ですが、今回は「反哲学」に入門してみました。
木田元先生といえば、『反哲学史』をはじめとする哲学史、そしてニーチェやハイデガー、メルロ=ポンティについての著書で知られる、日本の西洋哲学研究の第一人者であられました。

こちらの本はさっそく偉大な先生のボヤキで始まります。
「哲学は不自然」
「哲学は不幸な病気」
「哲学なんかと関係のない、健康な人生を送る方

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『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』      川本直 ~苺大福の悦び~

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 ~苺大福の悦び~

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』
川本直

この小説は何かに似ている…と考え続けて、やっとわかりました。

「苺大福」

この世では決して味わえない(だって虚構だから)、極上の苺大福です。
苺は餡子に包まれ、求肥がこれをくるむ、という三重構造。
そして、苺も、餡子も、求肥も全員主役で、どれが欠けても成り立ちません。

ふたりの「主人公」ジュリアンとジョージは、天才型美少年と秀才型朴念仁のカップ

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『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

『Springスプリング』
恩田陸

ダンサーそして振付家としてドイツのカンパニーで才能を開花させ、舞台の上でも外でも世界中であらゆる人間を魅了し続ける、若き日本人バレエダンサーという夢のような設定です。

恩田陸氏の本を読むのは初めてでしたが、バレエを観るのも趣味として稽古するのも大好きなので、何も考えずAmazonをクリックし購入しました。

でも読んでいくうちに、謎の違和感が。
この違和感の

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『谷崎マンガ 変態アンソロジー』    谷崎潤一郎原作

『谷崎マンガ 変態アンソロジー』    谷崎潤一郎原作

『谷崎マンガ 変態アンソロジー』
谷崎潤一郎原作

11人の漫画家と画家による、谷崎文学のマンガ化。

『痴人の愛』『陰影礼賛』『台所太平記』から、初期の短篇まで、「変態」「異端」「倒錯」などさまざまに呼ばれた谷崎文学のエッセンスを、11人のアーティストが新たな視点から表現するアンソロジー。

それぞれの作品はもちろんのこと、作家の対談、付録等々、豪華な文学遊びがこの小さな文庫本に詰まっています。

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『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原康 

『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原康 

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』
栗原康 (岩波現代文庫)

アナキスト、伊藤野枝。
平塚らいてうの「青鞜」に参加して記事を書き、女性の地位向上と社会の変革を無座主運動に身を投じ、関東大震災直後、大杉栄と甥とともにあっけなく国家に惨殺されました。

昔、実家の本棚にあった瀬戸内寂聴の『美は乱調にあり』を読み、聡明で官能的で、妊娠するたびに体調がますますよくなる野枝を怪物のようだと思った覚え

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『ヘルスモニター』石田夏穂

『ヘルスモニター』石田夏穂

文藝2024年春号(バックナンバー。すでに夏号は出ています)

生きている身体の延長に読むことや書くことがあるのだと信じています。
「バルクアップ!プロテイン文学」と銘打たれた特集では、いろいろな側面から身体と文学にアプローチしていて、楽しく読みました。

そのなかからひとつの作品をご紹介します。

『ヘルスモニター』石田夏穂

自分の体調だけでなく気分の浮き沈みの原因まで、最新機器のヘルスモニタ

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『二魂一体の友』          萩原朔太郎 室生犀星        『我が愛する詩人の伝記』          室生犀星              ~よこしまな読み方~

『二魂一体の友』          萩原朔太郎 室生犀星        『我が愛する詩人の伝記』          室生犀星              ~よこしまな読み方~

『二魂一体の友』は萩原朔太郎と室生犀星がおたがいについて書いた文章を集めた本です。あらためてここで紹介するまでもなく、ふたりは日本近代詩のスーパースター。犀星はのちに小説家に転じましたが、転向の経緯や心境について双方の立場から書かれた文章も本書に収められています。

詩論もたくさん盛り込まれているこの本。しかしどんな高尚な芸術論が展開されようとも、注目せずにいられなかったのは、文学が結びつけたふた

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『メタ倫理学入門』 佐藤岳詩    ~隠されたメタ案件にも注目~    

『メタ倫理学入門』 佐藤岳詩    ~隠されたメタ案件にも注目~    

万事が万年入門者の私ですが、今回はメタ倫理学に入門してみました。

私たちが生きている社会においては、靴下の正しいたたみ方とかのどうでもいいことから、政治や経済や世界情勢にかかわる大きなことまで、ありとあらゆる領域で意見が対立します。摩擦や軋轢が絶えず、戦争も起こります。人類はずーっとそうやってきました。
どうしてこんなことになっちゃったのかと、哲学者や思想家や社会学者の偉い先生がたくさん考えて、

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『The Bluest Eye』Toni Morrison           ~「色」と「美」の呪力~

『The Bluest Eye』Toni Morrison           ~「色」と「美」の呪力~

1. 色は支配する

『The Bluest Eye』の物語の主役はじつは色なのではないでしょうか。
黒人であるトニ・モリソンのデビュー作の主人公は、黒人の少女ピコーラ。ピコーラとその家族や友だち、彼女の住む町の人びとを通して、人種差別、性差別、性暴力、家庭内暴力の一筋縄ではいかない姿が描かれます。
ナラティヴは、ピコーラの友だちクローディアによる一人称の語りの章と、視点の異なる三人称の章に分かれ

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『オリエンタリズム』         エドワード・W・サイード      ~心象地理≒思考停止~

『オリエンタリズム』         エドワード・W・サイード      ~心象地理≒思考停止~

オリエンタリズム 上・下
エドワード・W・サイード
今沢紀子訳/板垣雄三・杉田英明監修

脳内で処理してつくりだした妄想上の他者。
私たちは、頭の中で勝手に他者を解釈して、憧れたり、見下したり、敵視したりすることがあります。そういうメカニズムによって自身の存在意義を高める人間や共同体も残念ながらあります。

その桁違いにスケールの大きいバージョンが、帝国主義のヨーロッパで花開いた「オリエンタリズム

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