記事一覧
『記憶冷凍』(毎週ショートショートnote)
「記憶冷凍?!」
おもわず声が大きくなってしまった。
辺りを見回すと
私以上に恥ずかしそうにしている妻の顔が見えた。
「何それ、知ってる?」
声を潜めて聞いてみると
妻が「知らないの?すごいって評判よ」と言った。
すると妻の隣にいた娘が
「テレビでやってるよねぇ~」と妻に笑いかけた。
最後のところは妻の声も重なっている。
2人から「ねぇ~」と言われても
普段からテレビを見ない私には
何のことやら
『春ギター』(毎週ショートショートnote)
今年は桜の咲き方がおかしいと
テレビや新聞のニュースが連日伝えている。
何か悪いことの前兆だってネットのニュースが賑わっている。
しかし、その理由を俺は知っている。
それは春を告げる俺のギターが盗まれたことにある。
冬ギターの冷たい弦が緩み、やがて融けだす頃、
俺は新しい春ギターを手にする。
まずはスローなバラードから、やがて軽やかなメロディーへと。
若者たちがステップを踏んで踊りだす頃には
春
『オバケレインコート』(毎週ショートショートnote)
オバケレインコートか、久しぶりに聞いたよ。
小学生の頃に住んでた町の商店街にあるレイングッズの店。
中を覗くと壁一面に色とりどりの傘が並び
ショーウィンドーには母子のマネキンが
お揃いの雨ガッパを着ていたっけ。
夜になると下りてくるシャッター一面に
大きなレインコートの絵が描かれてて
親父が言うにはそれを見た誰かが言い出したのがきっかけで
オバケレインコートって呼ぶようになったらしけど
俺たちの
『錦鯉釣る雲』(毎週ショートショートnote)
「珍しいね、錦鯉が釣りたいなんて。じゃあこっちの雲に乗って」
案内された雲は他のものよりもやや小ぶりで
私たちが乗り込むとすぐに他の雲とは違う方向に動き出した。
雲が風に乗ると船頭は、長い竿を器用に操っていた手を止めて
腰に下げた煙草入れから煙管を取り出し、
私たちに断ることなく火をつけてぷかりと煙を吐き出した。
「お客さん方、錦鯉を釣りたいんだってね」
「私たち夫婦が以前住んでいた家では
庭に
『お返し断捨離』(毎週ショートショートnote)
「アナタ、先日のお返しって言う人が来てるんだけど」
「お返し?」
日曜の午後。
会社の同僚、いや同僚だった青木君がウチを訪ねてきた。
「これ、どうぞ」
そういって駅前の洋菓子店の包みを手渡す彼の顔は
なんだか晴々としていたが
どこか危うげでもあった。
「今日は、先日のお返しに参りました」
そう言うが早いか、ずかずかと上がり込んだ。
「おい、いったい何なんだ」
彼の様子がおかしい。
何かを見定める
『レトルト三角関係』(毎週ショートショートnote)
「レトルト関係って知ってる?」
「なにそれ」
「レトルト食品って他人に作ってもらった料理だよね?」
「まぁ、そうだね」
「で、食べる時にはお湯で温めたりレンジでチンしたり
ひと手間くわえるじゃない?」
「うん」
「他人にセッティングしてもらって、さらに最後に一押しして
実を結んだカップルがレトルト関係」
「だったら私もレトルト関係だよ」
「え?」
「私って奥手だから、いつもいいなって思っても
自分
『洞窟の奥はお子様ランチ(文字数調整前ver.)』(毎週ショートショートnote)
先ほどから空腹を刺激する良い匂いがこの洞窟を満たしている。
それは奥に進むにしたがって濃くなっていくようだった。
もうどれくらい進んだのだろうか。
光が差し込まぬ洞窟を松明の明かりだけで進んでいるうちに
時間の感覚はとうに失われていた。
「私、おかしくなっちゃったのかな?」
唐突に後ろを歩く妻の声。
「さっきからいい匂いがしてるの。
ケチャップ、ハンバーグ、それにフライドポテト、、、」
俺の頭が
『デジタルバレンタイン』(毎週ショートショートnote)
私はヴァーチャルの世界で生きている。
交通事故に遭った私の体は損傷がひどく
脳の情報をデジタル化してアバターに引き継ぎ
この世界で生きるしか道はなかったのだ。
私のように事故や病気でこの世界に来る人は結構いて
現実世界のようにひとつの社会を形成している。
現実世界で高校生だった私は
この世界でも高校に通っている。
ここでの姿は現実世界の姿を取り込むことも出来るが
自分で選ぶことも出来る。
私の
『行列のできるリモコン』(毎週ショートショートnote)
「ついに買っちゃったよ、行列のできるリモコン」
登校するなり隣の席のノブオが見せてきたのは
一見、何の変哲もないリモコンだった。
「行列のできるリモコン?」
流行に疎い俺は、やたらハイテンションのノブオが
リモコンひとつではしゃぐ理由が分からなかった。
「なんだよ知らないのかよ。いっかぁ見てろよ」
ノブオがリモコンを教室の隅に向け、ボタンを押すと
胸の奥の方がなんだかムズムズして
そこに行きたく