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001)コロナ時代の意義!いのちの大切さと、人間の欲望、経済のあり方と経済成長の、させかた!(その1)

その1)コロナの意味と世界の創造。人の世まで!

まず、すべては、いのち、です。物も、いのちです。
コロナは、語呂合わせ567 であり、4~8 であり、4後から、8の間で、死後から無現、末広がりの間の路のり(みちのり)子路名、固路名であり、神仏の子の路のり、仏(ぶつ)と言う、固まりに到達し、内部に無限の完成した宇宙を内包し、無へと帰還する路のりを指します。

なぜ、世界丸ごと、コロナ、死後の世に成ったと思われます。
5は、悟(ご)、悟るであります。
6は、夢(む)無(む)です。
7は、死智(しち)です。
8は、無限末広がりです。

いのち、とは、意の智、つまり、意識の智慧であもありますが、数で言うなら、一の七であり、七は、中国語で「チ」で合計八であり、意識の階層に於いても、自我を錯覚するマナ識が、第7識、その上に阿頼耶識(あらやしき)と言う識があり、それが、本当の識であると言われます。

567 は、釈迦が説いた56億7千万年後下生して、地上天国を開くと言った弥勒(ミロク)の世です。

それが、なぜ、コロナと言う病気なのでしょうか?

ひふみ神示には、大日月大神は、完成から、超未完成に入られたとあります。

それが、そもそもの始まりでした。

一度は、全てが、完成し、内部宇宙は、グルグル同じ時代を回っておりました。

しかし、時と言うものは、無に於いても、働いています。

時、巡りて、全ての物部⦅もののべ⦆に飽きが訪れました。

それ故、新たな始まりが、始まったのです。

しかし、人間は、同じ過ちを繰り返し、滅びの路を繰り返していました。

今回、実は、あまりにも、複雑、極まりない世界の果てで、多くの革命、異変が生じており、一方では、科学の進んだ世界。

一方では、幼いひとの世界までを、良い路へと導こうと、「すべて」という方の指導と働きで、この世に於いても、たとえば、宇宙マトリックスや、神仏、吾身(あみ)、人の子、の働らきで、コロナと言う時代を指導すべく、その命の扱い方と言うものを学ぶべく、大きな、意識改革が迫られており、その改革は、何生掛かっても、改まるまで、同じコロナと言う時代に行きつく様に、仕組まれている為に、死んでも、又、同じコロナの時代に生まれ変わる事が、決まっており、この路のりを超えない限り、真の成仏、永遠の命に、到達出来ないず、その人が歩んだ路が、その苦難として待ち受ける事になって、しまうと言う事に成っています。

わたしは、意識の旅路に於いて、高い次元にまで登りましたが、そこでは、パソコンの文字、数字、それらを扱うにも、その文字や、数字が、報われる様に、扱わないといけないと言う、難しい次元でした。

また、未来の数理、1イコール1万の式を得ました。

1=100÷1÷100=100/1÷1/1×1/100=
100/1÷1/100=100×100/1=10000

わたしは、まず、ひとびとは、報われないと成仏は、あり得ない事を知っておりますが、すべての、ひとびと、生き物、物が、報われないと、成仏しない事も知っております。

いのちが、完成し、すべてが、正しい答えに到達し、正しい道ができ、すべてが、正しく循環する時、ひとつの完成を迎え、どこにおいても、幸福で喜びに満ちた命の中で、永遠に生きる時の中を巡り巡る仏の世界が、完成し、すべてが、活かされ、誰一つ、何一つ、不幸せのない世界が、存在と言う世界のすべての中で、完成するのです。

すべては、実は、吾身(あみ)から、始めりました。

すべての、創造は、実は、吾身(あみ)から始めったのです。

その物語は、あまりに、壮大であるあるため、ここだけでは、語り尽くせません。

その為、その抜粋だけを書きます。

吾身(あみ)とは、吾(あ)の身(み)の事で、全ては、吾(あ)から始まりました。

吾(あ)とは、最初の吾(われ)の事で、自分の意味ですが、最初の自分が、吾(あ)であり、吾(われ)ですが、この、吾身(あみ)は、まず、可身(かみ)を得ます。

後に吾身田、阿弥陀(あみだ)に変わり、仏と成り、内部に人の世を築き上げ、ひとつの、完成を得ますが、ひと、とは、非十であり、「十」でない意味であり、「八」「九」までです。

八は、8と違い、無限を意味しません。

末広がりのを意味します。

吾身(あみ)は、十ですので、その国は、田です。

まず、ひとの世は、一(いち)であり、位置です。

国とは、空田(からだ)の事です。からだの中に人の世を創ります。

空田とは、ロです。その中に、人の世を創り、一を描いて、十で、交わります。

十は、縦と、横の、交わりを示すものです。

人つ、歩多つ、満つつ、夜つつ、何時つ、睦つ、菜名つ、野通つ、此処野つ

十です。

次に、吾体(あたい)と吾名田(あなた)をつくります。

これが、ひとり、ふたりの始まりです、

ひとり、ふたり、は、人理、不他理で、他人でない間柄ですが、三人からは、人(にん)で、参人、世人、御人、録人、し智人「ここでの(し)は、~しなさい、~してよ、の「する」の意味です。」派智人、工人、自由人。

今回は、ここまででです。

その2) つづきと経済についてその1

参人とは、お客さんの様に参りに来る人、世人は、世間の人、御人は、世を治める人、録人は、出来事を記録する人、し智人は、行ないの智慧者、派智人は、派閥の様にもろもろの派の智慧者、工人は、工夫、細工する人、自由人は、自由自在の人、で、人に対する呼び方です。

実は、この数え方の意味は、私の勝手な想像ですが、まだ、最初の頃は、人間の様な、複雑な造りは、ありませんでした。

又、男と、女が、交わると言う男女の区別や、性もなく、こころ穏やかな日々の暮らしがあるだけでした。

又、死もありませんでした。

実は、吾身(あみ)の事を、知ったのは、コロナに入って、わたしの意識に異変が生じ始め、霊的干渉を受けだす様に成ってからです。

まず、コロナに成ったのも、私の運命と、深く関与しており、私は、ユーチューブで、日本が、アメリカの仕掛けた世界戦略、TPOと言う、一度入ると抜けられず、裁判では、アメリカが、必ず勝訴する仕組みに成っており、

水道の民営化で、フッ素混入や、膨大な値上げをするなどして、日本を滅ぼし、世界を植民地化する様な話が、様々に普及して、農業を守る為に、命懸けで活動している人や、イルミナティーと言うアメリカでは、知れ渡る、フリーメーソンの内部より、動かす秘密結社の悪魔崇拝などの情報に、翻弄され、

ひふみ神示に頼り、読み、ブログに写本する等、色々と、活動していましたが、ある時、大声で、ひふみ神示を読みあげました。

すると、妻が、近所の奥さんの様に見え別人に成った様に成り、古い記憶の霊との出逢いもありましたが、最終的に精神病院に送られ、その時が、ダイヤモンドプリンセス号でしたっけ、下船禁止と、槇原敬之さんのデビュー30周年に合わせるたかの様な逮捕劇のニュースと共に、コロナの時代に突入したのです。

それから、霊的干渉が、ある様に成り、色々あったのですが、今年、2020年9月ごろ著しくなり、意識の次元の旅の様な中で、様々な経験をしました。

吾身(あみ)との出逢いは、それ以前でしたが、始まりと言う考えで、考察すると、辻褄が合い、単なる妄想ではないと確信しました。

吾身(あみ)は、歴史も創造した様ですが、吾身(あみ)の考えと、私Jの考えが混じった物を、世に出す事は、間違いですので、難しいのですが、人間は、吾身(あみ)の創ったロボットの様なもので、内部から、操作出来るように出来ていましたが、それらは、意識の次元の話で、現実的ではありません。

ですが、吾身(あみ)とは、いいかえれば、すべての人の中に住んでいる、生命であり、魂でもあります。

吾身(あみ)の話は、別の機会に於いて置き、我々は、時の最先端にいます。

ですので、既に、未来の果てまで、経験した後に、新たに始め直したと考えても、おかしくありません。

しかし、その創造、生き方は、途方もない巨大な宇宙への旅路とも言えるのです。

ただ、宇宙というのは、コスモ、内部宇宙の事です。

SF映画を、ただの、架空と普通の人は捉えますし、架空と現実のはざま、境界線がなければ、逆に恐ろしい世界と成ります。

しかし、意識の次元では、架空と現実は同じなのです。

わたしは、宇宙を旅行したいとか、世界を旅行したいとすら思いませんし、架空の世界で充分事足りています。

歳の性もありますが、むしろ、霊的に成長し、人神の様に成り、科学に頼らず、次元移動、時空移動出来る方が、魅力を感じます。

コロナは、様々な段階において、それぞれの、ひとびとの完成があると思われますが、まず、古い時代の観念、概念とは、お別れすべき時であると考えます。

ひとには、それぞれの欲望、願望、欲求があり、それを、抑え込むのはなく、正しい方法で、開花させてあげる事であると考えます。

しかし、コロナは、お芝居ではなく、現実の天の裁きです。

コロナに成った人が、裁かれていると言う意味ではなく、時代が、裁かれており、誤った欲望の扱いは、修正されるべく、機能すると思われます。

たとえば、乱暴な消費社会は、実現しないか、滅びか、死かです。

我々は、同じひとつの、時代と言う船に乗り合わせているもの同士であり、確かに、死と言う別れはありますが、死は、単なる眠りに過ぎません。

又、釈迦は、人間は、生きたいだけ生きられると申しております。

ですから、頭から、寿命を、120までと決める必要はありません。

特に、コロナは、そう言う時代です。

しかし、我々は、生きる意欲を失うと生きては行けません。

ですから、我々は、欲望というものを、願望というものを、正しく開花させてあげる必要があるのです。

現在、日本は、不況の中にあり、いくらロボットを開発しても、売れなければ、発展しませんし、開発者や、貢献者が報われなければ、その文明は、衰退するでしょう。

また、人間にしか出来ない仕事を誰もしたく成らない様な経済では、不幸な使者が増え、生き残った人達が、たとえ、永遠の命を手に入れても、楽しみは長続きせず、つまらない世の中と成り、いつか、見捨てた報いを受ける事に成るのです。

ですから、乱暴消費社会も実りませんが、経済を無視した将来も又、ないのです。

しかし、事は、そう簡単ではないのです。

それは、未来から干渉と言うものがあり、良い干渉なら良いのですが、そうとばかりも言えないのですが、ただ、ここまで言うと、ひとびとには、SFや、架空の話としか、捉えないのが、あぶない所なのです。

未来で、何が起こるか言えば、ひとつは、ロボットなどによる支配です。

他にも、便利さや、人間だけの欲望で発達した科学により、タイムトラベルが可能に成り、干渉してきて、人間を遊びに使うと言うシナリオです。

人間も、動物を殺し、その肉を食します。

実験動物に使ったり、レースをさせたり、闘わせて楽しんだりして来ました。

ですから、それらの業が、災いし、我々に、降って掛る事は、あり得るのです。

わたしは、意識の次元を通して、そう言う未来を垣間見て来たのです。

我々は、インターネットに多くを委ねています。

しかし、それが悪用されれば、情報コントロールも容易ですし、我々の欲求、欲望、恐怖を操り、飼い殺しにする事も可能に成ります。

ものには、裏と表の2面が、あります。

正義に悪がありますが、近頃では、悪に負ける正義のヒーローたちも多くいます。

我々は、時代ごと、五の世界に突入しました。

ですから、時代が、改まらないと良くは成りません。

頭の良い者だけが、生き延びる世界のままではいけないのです。

子供の様な心の人々が、共に幸せに成れる社会を目指さなければ成りません。

また、苦労は、ちゃんと、報わなければ成りません。

お金が、すべてではありませんが、お金の価値は、今や、誰もが認める所であり、貢献の対価にお金は、当然ではないかと思われます。

さて、そろそろ、本題の経済についてでありますが、現在、物やサービスに溢れており、価格破壊によって、低価格の物ばかりが売れ、安売り競争が、続いておりますが、わたしが、得た未来の数理である、分数の割り算のクロスに交換して、掛けるで閉じると言う方法は、現代の数理に間違いがあり、成り立ちませんが、先ほど示した様に、確かに、1イコール1万の式にする事は、可能であり、未来では、この解釈を正しく行っており、数(すう)と、数⦅かず⦆を分けて考えております。

また、現代の技術で、エネルギーを物質、つまり、数(すう)を数(かず)に変える事は、出来ませんが、それらも、可能である事が、数式から分かるのです

実は、あの式は、100分の100、を1分の1で割る事で達成されるのですが、その魔法の1分の1を考える事が、あの式の活かし方なのです。

すると、1イコール1万と言う結果をもたらすのですが、実際には、1万倍ではなく、100倍です。

それは、100分の1の100が、1万に成る為で、その代わり分母が、100から1に成ってしまう訳ですが、ここがポイントです。

まず、言って置かなければならない事は、10分の10と、100分の100では、別の数⦅すう⦆であり、数⦅かず⦆としては、同じ1であると言う事です。

そして、割られるのは数(かず)であり、割るのは、数⦅かず、とも言えるが、すう)です。

一概には言い切れませんが、数⦅かず)を取り扱う式では、そうです。

この100分の100 割る1分の1は、まず、100分の1 掛ける 1分の100 割る1分の1で、未来の数理を既に証明してもおりますが、分母分子をクロスに交換し、掛けるに変えて閉じる事が、出来るので、1分の100 が、100分の1に成り、100分の1 掛ける 1分の1 掛ける 100分の1 と成り、1000となります。

この式通りに他の数で、計算すると、クロスで、交換して掛けるで閉じるは、成り立たないのは、この世の数理が、間違っている為で、その証明はしてありますが、どこに間違いが、あるか、知っているつもりでおりましたが、肝心な部分で、外れており、それを、考えるより、先に経済の立て直しに掛からないと、間に合いません。

そこで、今回、先にここに、発表する訳でありますが、まず、それぞれの、数の意味を当てはめていきます。

まず、現在の実質経済を1とし、この実質経済は、10000に成ります。

分子の100は、現在の物、サービスです。その下の1は、1の人口ですがサービスを受ける人口です。

つまり、人口 1 に対して、全ての物サービスは、100です。以後、サービスで統一します。ですので、現在の人口1が受けているサービスは、100です。

次の1分の100 の 1 も人口ですが、サービス 1 あたりの人口で、その下の100は、流通通貨(おかね)です。つまり、サービス 1 あたり、流通通貨は、100です。

ここで、魔法の1分の1で割りますが、この数は、割る数⦅かず⦆ですので「すう」でなければ成りません。

つまり、1 自体は、割ることが目的であり、数⦅かず⦆そのものではありません。特に、この1は、未来でも、他の数⦅かず⦆では、出来ないらしいです。

1分の1で割るからこそ、魔法が起きるのであり、ほかの数では、起きないらしいです。

つまり、魔法の原因の1分の1でないといけないと思われます。

そこで、今回、これを、精神的なものと考え、分子を、経済的安心、分母を労働意欲としますと、労働意欲があれば、経済的安心も膨らむとし、過去のバブル以前を表わして見ました。

ですので、今までの現在の意味は、バブル以前の今の現在です。

サービス/人口1あたりの通貨 × サービス1あたりの人口/通貨 ÷ 経済的安心/労働意欲 = 

100/1 × 1/100 ÷ 1/1 = 100/1 × 1/1×100/1

サービス1で受け取った通貨が、労働意欲と交換します。労働意欲は、経済的安心と成り、流通通貨と交換します。

ここで、再び、同じ交換はされず、流通通貨は、労働意欲と掛けられ、1に、サービス1あたりの人口100と、経済的安心とで掛けられ、100と成り、実質経済は、10000に膨れ上がりましたが、流通通貨は、1へと変わり、労働意欲も1、経済的安心が、100ですが、サービス 1 に対する人口が、
1に、掛ける経済的安心が、100へと変わり、ました。

有限の中に於いては、物自体が増える事は、ありませんが、自然の循環作用や、人口飼育など、消費しても、ある程度、回るものはありますが、現在、物やサービスはあふれており、それらが、安いのは、わかります。

しかしながら、この様に、経済は、発展すれば、流通通貨は、経済的安心へと流れ、お金を稼いだ者は、より経済的安心を得るよう、貯金や証券などの流動資産へと変わり、一方、少なくなった流通通貨は、埋め合わせないと、物は、安くなるばかりで、サービス1に対する流通通貨は、少なく成り、景気は回復しません。

国が、流通通貨を増やすには、国債を発行しなければ、成りませんが、もし、この原理を理解するなら、国は、ただで、刷ったお金をに配る事が出来たら、再び、流通通貨は増え、皆が、経済的安心を充分だと思えるまで、配る事が出来ますが、問題は、働くものが、いなくなる心配がありますす。

つまり、労働意欲を削がない程度に配る配慮が、今の所、必要なのです。

次回は、もう少し、深く掘り下げて、考えられる様、頑張ってみたいと思います。

その3)経済についてその2

クロスに交換して掛けるに変える式の証明画像を貼り付けましたが、見て頂けたでしょうか?

現代の数理には、間違いがあり、正しい答えに成らないのですが、ちゃんと証明できるのです。

まず、金持ちが、そのままため込んだ場合、皆は、給与も少なく成り、購買意欲は益々下がり、不経済は深刻に成りますが、すると、様々な、サービスが、衰退し、サービスがどんどん減り出しだします。

すると、お金があって買える物が、どんどん少なく成り、確かに身の安全は、金持ちが、長続きしますが、国内の消費が落ち込み、逆に、値上げして金持ち相手の産業が伸びる様に思われますが、低賃金で働く労働者は、不満が募り始め、不法がはびこり、あるいは、自殺等で、世の中は、地獄化していきますが、おそらく、その前に、ため込んでていた者は、逆に使わざる終えなく成り、高い商品か、我慢しなければ成らない商品しか、手に入りません。

ここに、貧富の差が大きく成ると、貧しい商品に手を出す事への、恥を覚出来る者と、出来ない者とで、生死が分かれます。

時代は逆戻りしそうですが、果たしてそうでしょうか?

今、人間は、智慧を多く身に付けております。

貧乏人は、生きる為だけに、働ける時代では、ありません。

良心に富む者は、儲けた金は、払うはずです。

自分さえ良ければと言う考えに立つ者が、多ければ、貧乏人がキツイ労働に明け暮れ、金持ちだけが、良い目を見るでしょう。

もし、日本の国民の多くが、自分さえ良ければ主義であったなら、また、ただの競争社会に逆もどりし、一部の人間だけの天下に成り、ほとんどの人が、貧しい労働者に逆戻りします。

その一部とは、もはや、日本人ではなく、アメリカの様な大国であり、日本全体が貧しく成るでしょう、。

それからでは、遅いのです。

日本は、景気さえ良く成れば、知的産業でも、まだまだ十分生きて行ける筈で、皆が金が欲しいのに、出回る金が少ないと言うだけで、景気は落ち込み、産業全体が、衰退していきます。もし、誰も文句の出ない配り方をして、景気が良く成れば、ロボットも、日本独自で、開発し、価値ある産業が、どんどん発達する国なのです。

確かに、人手のない職が出来る可能性もあるので国が、ただで刷れる金で、労働に見合った金額で、お金を補助すれば、済みますし、日本は、限られた通貨で、借金により賄おうとするので、皆が、貯金や蓄財にまで回らず、経済的安心が得られず、購買欲求が高まらず、安い商品、安い商品へと走り、蓄財に廻すのです。

ただし、配り方ですが、まず、発行金額を、国は、ちゃんと報告する事だけは守らせる事!

また、こんな中では、起業努力も、中々報われず、良いアイデアも、安売りに成り、高値では、売れません。

もし、誰不満なく、ただで、お金を刷れたなら、お金はありあまるほど増え、たとえば、保険でも、蓄財保全の為に売れるでしょうし、オーダーメイドの商品で採算が合うなら、企業は、その方向にも、力を入れられ、産業が発達して、株価や、円高もあり得るのです。

キツイ仕事や、人気のない仕事の給料が、見合うだけの高さがあれば、やる人は、まだまだいます。

やがては、ロボットも活躍できるでしょうし、そうなれば、今の所、金(きん)の需要も伸びます。

それでも、一般向商品も、安ければ、買う人は買い、つまり、その人が本当に、お金を掛けたい分野、商品、サービスにお金を使う事が出来、皆が、それぞれ個性にあった、生活が出来る様に成るのです。

就きたい仕事に付けなければ、起業も安心して始められ、遊びの商品も、どんどん手に入り、様々に、仕事も増えて行きます。

一旦終了としますが、経済独自に発表した方が、良いと思われるので、ここでは、一応、打ち切りと致します。






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