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記事一覧

「夕日の国」 短編小説 ファンタジー絵物語

「夕日の国」 短編小説 ファンタジー絵物語

 「コトン」と小さな音がして白い封筒がドアの下に落ちた。
 「郵便だ。陽子からかな?」
 バラの花を描いていた絵筆をおくと、カップに熱いコーヒーをそそぎ、手紙をとりにいった。
 ぼくは、美術学校を出て半年の、絵描きのたまごだった。
 近所の画材店で絵を売ってもらい、どうにか暮らしはじめたところだった。
 まだまだとても、まともに生活していくほどの収入はなかったが、こうして好きな絵を描いてさえいられ

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【短編】菫咲く頃、午後の墓地にて(前編)

【短編】菫咲く頃、午後の墓地にて(前編)

 気がつけばここにいる。この場所の、巡る四つの季節のすべてに、私と物言わぬ兄との時間が刻まれている。マリーベル、マリーベル。変わらぬ兄の声を胸に墓地を行けば、うららかな春の昼下がり、芽吹いた緑があちこちで古びた墓碑を優しく包み込み、いつになく穏やかな気持ちになれた。
 
 頬を撫でる風につい、癖で髪をなで付ける。いつもは下ろしている長い髪、細い巻き毛は風に絡みやすい。けれど今日は一日歩くつもりだっ

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【140字/空想】星笑う街にようこそ

【140字/空想】星笑う街にようこそ

黄昏の街角で帽子を買った。
通りすがりに勧められたのだ。
もう日も落ちたんだけど。
あれ、きみこの街は初めてかい?
もうすぐ星が笑うからね、必要さ。
やがて星々がさざめき出して
みながこぞって帽子を買い求めた。
ありとあらゆる帽子が揃った広場。
白銀の輝きの中で
めくるめく夜の宴は始まりを告げる。

【短編小説】『簪(かんざし)』

【短編小説】『簪(かんざし)』

 こんな空の色にも、立派な名前がついていることを菜津子は知っていた。

 三日三晩降りつづいた秋雨がやんだ。やんだはいいが、黄昏の空には象のお腹みたいに硬くて分厚い雲がいっぱいに残っていた。

 思い出すのもこんな空模様の夕方のこと。

 学校から大急ぎで帰った、当時八歳の菜津子を玄関で迎えてくれたのは祖母だった。

「なっちゃん、おかえり。まあ、傘もささんと!」

「ただいま、おばあちゃん! 雨

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白い湖と白いクジラ

白い湖と白いクジラ

山の奥の誰も知らないところに白い湖があった。
その湖に流れ込む川の上流に牧場があり、
余ったミルクを川に流すから湖が白くなったのだと
昔たった一人、湖の岸辺に住んでいた老人は思っていた。
だが実際には近くに牧場などなかった。
偶然迷い込んでその湖をみた旅人は
星の降るような明るい夜だったので
天の川が流れ込んでいるのだと思った。
だがそれは美しさの例えであった。
そしてすぐ立ち去ったその旅人は

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毎日超短話485「天使の遅刻」

毎日超短話485「天使の遅刻」

「羽根はどうした?」

教室に入ってきた先生に言われて、羽根がないことに気が付く。今朝はギリギリの時間に起きたので、あわてて忘れてしまったらしい。

「今日は人間やってこい」

そう言われてしまって、今、歩いている。飛んでばかりだったから、歩いていることが楽しい。

一年前の超短話↓

絵本 『夜の針』

絵本 『夜の針』

𖤣𖥧.𖡼.┈┈.𖡼.┈┈ 𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧 ┈┈.𖡼.┈┈.𖡼.𖤣𖥧

眠れない夜のおともに。
ごゆっくりとおたのしみください。

𖤣𖥧.𖡼.┈┈.𖡼.┈┈ 𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧 ┈┈.𖡼.┈┈.𖡼.𖤣𖥧

さいごまでお読みいただき、 
ありがとうございます。
絵本のご感想などございましたら
ぜひコメント欄にいただけますと幸いです。

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.✫*゚・゚

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掌編 散りゆきて

掌編 散りゆきて

神話部お題 収穫
千文字掌編小説

散りゆきて

「とおかんやとおかんや とおかんやのわらでっぽう」

 四つ身絣を着た元気な子供達の声が、高くなった空に響く。

── 豊作だ。ただ美桜子さん、許してくれとは言いません──

 あれから五年。一介の書生から博物館に職を得た正一郎は、長く避けていた郷里の収穫祭に足を運んでいた。

「名前負けですよね。でもわたし、桜が好きなんです」

 東京市の駒込片

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廃棄の星のピアニスト

廃棄の星のピアニスト

高い丘の頂上から見えたのは、豊かな平原。風が吹くと、緑の絨毯の所々が、銀色に光る。空には、ずっとオーロラが出ている。ゴミ捨て場とは思えない、美しい景色。

「綺麗でしょう?草原が光るのは、草の裏側が銀色だからなんです。こういう景色が、人間たちには見えなかったんですかね。こんな綺麗な星を廃棄場にしようだなんて。まったく、無粋なんだから」

隣のカナロアさんが、憤りながら説明してくれた。8本の足を屈伸

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毎日超短話284「入道雲」

毎日超短話284「入道雲」

ガチャガチャで入道雲が当たった。

ベランダの植木鉢の上に浮かべる。ときどき雨を降らせてくれたり、雨上がりには虹が出る。雷が鳴るときは、雷様が雲の上に見え隠れ。

秋になったら、うろこ雲を当てたい。

最優秀賞と特別賞を頂きました【文苑堂第1回54字の物語コンテスト】

最優秀賞と特別賞を頂きました【文苑堂第1回54字の物語コンテスト】

2022年8月12日から9月30日にかけて開催された、文苑堂書店さん主催の第1回54字の物語コンテスト。
なんとなんと、最優秀賞と特別賞を頂きました!

「賞」をもらったのは、中学と高校の吹奏楽コンクール以来、そして個人としては人生初です。
公募に落ちまくり、一次選考すら突破したことなかった私にとって、初の受賞です。

今までの落選は、きっとこの54字の物語コンテストを受賞するためだったんですね。

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何気ない日々が本当は幸せの日々だった

何気ない日々が本当は幸せの日々だった

ため息をついて窓の外を眺めていた時、不意に意識に何かが触れた。

触れてきたのは他人の意識ではなかった。

どうやら未来のある日、私が死んだらしい。

死んだ私は、幸せだった日々をもう一度だけ見たいと願ったようだ。

会話はないが、自分の意識らしいので何となく事情は分かった。

しかし、なぜ今の自分の生活を見に来たのだろう。

朝から相変わらずの頭痛に悩まされ、悩み事は尽きないのに。

世界はどう

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Bar「凍った星をグラスに。」#シロクマ文芸部

Bar「凍った星をグラスに。」#シロクマ文芸部

「凍った星をグラスに。」というBarが、確か、青山一丁目あたりにあって、仕事終わりによく通ったものだ。
 そこには、いろんな凍ったものが揃っていて重宝した。
 凍った炎に喜び、凍った音楽で耳を癒し、凍った時間に酔いしれ、凍った光に希望を貰った。凍った心も噂ほど悪くはなかった。
 一番、勘弁して欲しかったのは凍ったユーモアで、これを味わったとたん、自分だけじゃなく、周囲にいた客の全員が瞬時に凍った。

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