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エッセイストを育てる家 四話 ドラマ「父の詫び状」レビュー(続) 向田邦子
なお、主人公である恭子本人はまだ若い女優さんが演じており、隣家に住む若い男性への淡い恋心を態度で示している。一方で、肝心の理不尽な父親への反応の微妙な表現までは演出家も求めていないようで、心中の思いを表現する場面ではナレーションが原作の言葉を借りて説明している。
さて、このドラマの第三のテーマは家の中の秘密である。「秘密」とは家を基本とした時代にあっては、家や社会が強制する規範に違反する個人
エッセイストを育てる家 二話 ドラマ「小石川の家」レビュー(続) 幸田文・青木玉・久世光彦
ドラマを観たあとで、原作のエッセイも読んでみた。
幸田文の「父・こんなこと」は、父の具合が悪くなったころから亡くなるまで、そして葬儀の顛末が淡々と描かれている。続いて一話完結で父とと暮らしていた時のエピソードの随筆が並ぶ。エッセイでの幸田文の父に対する感情の吐露はあっさりとしていて、父に対抗するような主張もなく、ただ父親とその周辺で起きたことを観察して記述している。まるで、幸田文というカメラ
エッセイストを育てる家 一話 ドラマ「小石川の家」レビュー 幸田文・青木玉・久世光彦
昭和、特に戦前には名エッセイストを育てる家があった。それはどのような家(建物と家族そして父)なのか、いくつかのドラマを通して考察してみたい。
使用人がいる商家や大家族の住むお屋敷ではない。恐らくは名のある旧家の次男または三男が東京に出て自分の家を構えた。家族のそれぞれに小さな部屋があてがわれ、そこからほかの家族の部屋を通り抜けなくても出入りできるように廊下や縁側が備えられている。外からはガラ
擬古典体の愉楽 トマス・ピンチョン「メイスン&ディクスン」
のっけから凡庸な説明が許されるのであれば、現代文学の金字塔の評判高いトーマス・ピンチョンの一冊である。その全貌は、何度と齧りながら消化するに至っていないが、なぜかこの小説については2回も購入してしまった。一つには擬古典調の文体での書き出しが、十八世紀の米国の世界へと一気に没入させてくれるからだった。これも言葉の使いまわしの妙にだまされているだけなのかもしれないが、固有名詞ふんだんの風俗描写がタ
もっとみる歌舞伎狂言「三人吉三廓初買」河竹黙阿弥 レビュー ー流転する宝剣と循環する貨幣ー 4話
続いて、人間関係について考える。ここまで物語のキーとなる「宝剣」と「貨幣」との2つのオブジェを考察してきた。これらは人と人の間を流転/巡回していく。つまりは人間関係のネットワークがあってこその流転/循環である。それではその人間関係はどうなっていただろうか。ここまでのあらすじから、主人公3人に限って人間関係を整理してみると以下のようになる。
このように整理しただけでも、人間関係は複雑かつ多重化