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令和2年3月末に、35年勤めた職場を退職しました。インドア派・無趣味。ロシア文学のこと…

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令和2年3月末に、35年勤めた職場を退職しました。インドア派・無趣味。ロシア文学のこと、行き当たりばったりの読書記録、その他心に移りゆくよしなしごとを気ままに綴っています。

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記事一覧

映画『マリウポリの20日間』を観て

4月26日公開の『マリウポリの20日間』を観た。 マリウポリはウクライナ東部ドネツク州、ロシアとの国境近くの工業都市だ。 2022年2月24日にロシアが一方的にウクライナ侵…

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6日前
25

奇妙な話

いわれのない悪意や敵意に出会うこと、そんな経験は誰にでもあることなのかもしれないが、時としてなんともやりきれない、いやな気持ちになるものだ。 * 『罪と罰』とい…

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12日前
25

墓じまいの話

積年の懸案だった「墓じまい」をついに断行することとなった。 母が亡くなるまでは、と先送りしていたのだ。 6年前に父が他界してから実家の墓の管理を担うことになった…

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4週間前
29

紙の本に復権のきざし?

以下は、2023年の3月に公開し、その後ある事情で削除していた記事を、若干修正したうえで、再掲載するものです。 * 新聞で意外な記事を読んだ。アメリカで紙の本の人気…

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1か月前
52

リピートする快感

ネットフリックスでドラマ「ブラッシュアップライフ」(全10話)をいっきに見た。 2023年に日本テレビ系列で放映された連続ドラマだ。 安藤サクラ主演、脚本がバカリズム…

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1か月前
28

時間・自由・芸術

丸谷才一の『たった一人の反乱』(1972)を読んだ。 それなりに面白く読んだが、正直言って、この小説にはさほど強い感銘を受けなかった。 なによりも主人公である「ぼく…

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1か月前
59

丸谷才一『笹まくら』

金銭的理由はともかく、むしろ保管スペースがないことから極めて貧しいわたしの蔵書の中に、たまたま丸谷才一の文庫本が四冊混ざっている。 今回は、その中から『笹まくら…

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2か月前
36

ささやかな死

朝早く電話がかかってきた。 母が入居する老人介護施設からだった。 「お母様の血中酸素濃度が80を下回っています。昨日よりさらにお加減が良くないようです。予定より早…

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3か月前
40

丸谷才一『輝く日の宮』

『輝く日の宮』(2003)を久しぶりに再読した。 いたく感動したというのでも、心を揺さぶられたというのでもないが、ひじょうに上質な物語を存分に味わったという心地よい…

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3か月前
58

ロシア語能力検定試験

2023年10月末に第82回ロシア語能力検定試験2級を受験、12月13日に合格証書を受け取った。 同試験は300点満点で、内訳は文法100点、露文和訳、和文露訳、聴取(ヒアリング…

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4か月前
38

死ぬとは、即ち生きること

人間自身は決して時間を止めることができない。 だからこそ、時間を止めるものであり、時間を超えて生き続けるものでもある彫刻・絵画などの芸術作品に、人間は強く惹きつ…

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5か月前
45

仏像の「静」と「動」

十一月初旬に三泊四日で奈良へ行ってきた。 一日は奈良に住む職場の元同僚につき合ってもらい、ススキで有名な曽爾高原を散策した。 それ以外は、主として、ひとりで仏像…

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5か月前
55

十一面千手観音の想い出

東京国立博物館で特別展「京都・南山城の仏像」を開催中だ。 先日、担当学芸員の方による記念講演会に参加し、その後展示会場で旧知の仏像たちと再会を果たした。 南山城…

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7か月前
40

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

一組の男女が真に愛し合っていること、あるいはそれを証明できることが、なんらかの権利や恩恵、救いを得るための条件である、ということ。 このモチーフは、イシグロの長…

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8か月前
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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go, 2005)を読んだのは初めてではない。 いつだったか正確には覚えていないが、かなり前に一度読んだことがある。 詳細な内…

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8か月前
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カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは比較的寡作な作家であり、長編小説に限定すれば発表されている作品は全部で八つである。 これまで、それらのうちの五つについて note に拙い感想を記し…

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9か月前
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映画『マリウポリの20日間』を観て

映画『マリウポリの20日間』を観て

4月26日公開の『マリウポリの20日間』を観た。

マリウポリはウクライナ東部ドネツク州、ロシアとの国境近くの工業都市だ。
2022年2月24日にロシアが一方的にウクライナ侵攻を開始してから20日間、AP通信記者がマリウポリに入り、取材活動を行った。
映画は、ロシア軍のミサイルや戦闘機の爆撃を受け、戦車に包囲された地区で記者のカメラがとらえた映像を、1時間半にわたって編集したものである。

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奇妙な話

奇妙な話

いわれのない悪意や敵意に出会うこと、そんな経験は誰にでもあることなのかもしれないが、時としてなんともやりきれない、いやな気持ちになるものだ。



『罪と罰』という世界文学史上で十本の指に入るような作品を、過去にもう何度も読んでいるのだが、数日前からまた読み始めている。
この作品については、以前この場を借りて個人的な評論めいたものを計11回にわたり発表した。それは、この作品の意味について自分なり

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墓じまいの話

墓じまいの話

積年の懸案だった「墓じまい」をついに断行することとなった。
母が亡くなるまでは、と先送りしていたのだ。

6年前に父が他界してから実家の墓の管理を担うことになったのだが、これが思いのほかたいへんだった。
墓地は実家の菩提寺の境内にあるのだが、家から片道2時間程度かかり、そんなに頻繁に行き来することができない。それを言い訳にして、せいぜい年に2回春と秋のお彼岸くらいしか墓参りをしなかった。
その結果

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紙の本に復権のきざし?

紙の本に復権のきざし?

以下は、2023年の3月に公開し、その後ある事情で削除していた記事を、若干修正したうえで、再掲載するものです。



新聞で意外な記事を読んだ。アメリカで紙の本の人気が復活し、「約10年続いた(書店の)店舗数の縮小傾向に歯止めがかかってきた」とのことだ。

2021年の米国市場での紙の書籍販売が、調査を開始した2004年以来で過去最高(8億2800万冊)を記録したというのだから驚きだ。新聞記事は

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リピートする快感

リピートする快感

ネットフリックスでドラマ「ブラッシュアップライフ」(全10話)をいっきに見た。
2023年に日本テレビ系列で放映された連続ドラマだ。

安藤サクラ主演、脚本がバカリズムという一癖も二癖もありそうなドラマなのだが、見始めたら止まらない、とにかくめっぽう面白かった。

安藤サクラ演じる主人公のあーちんこと麻美は若くして事故死するのだが、死後案内所で受付係(バカリズム)から来世は南米のオオアリクイだと告

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時間・自由・芸術

時間・自由・芸術

丸谷才一の『たった一人の反乱』(1972)を読んだ。

それなりに面白く読んだが、正直言って、この小説にはさほど強い感銘を受けなかった。
なによりも主人公である「ぼく」にほとんど共感することができなかった。
それはそうだ。
主人公の馬淵英介は、通産省のエリート官僚出身で、民間の電機会社の重役に天下りし、妻の病死後一年も経たずに若い美人モデルと再婚する人物である。
やっかみ半分と言われればそのとおり

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丸谷才一『笹まくら』

丸谷才一『笹まくら』

金銭的理由はともかく、むしろ保管スペースがないことから極めて貧しいわたしの蔵書の中に、たまたま丸谷才一の文庫本が四冊混ざっている。
今回は、その中から『笹まくら』(新潮文庫)をとりあげる。

この本をいつ読んだのかまったく覚えていない。あるいは読みかけて放り出してしまったのかもしれない。
幸いなことに、今は、そういった放置されていた本とじっくり向き合う時間がある。
時間はあるが、一方で残された時間

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ささやかな死

ささやかな死

朝早く電話がかかってきた。

母が入居する老人介護施設からだった。
「お母様の血中酸素濃度が80を下回っています。昨日よりさらにお加減が良くないようです。予定より早めに来ていただけますか」
その日は医師の往診に合わせて11時に施設を訪問する予定になっていたのだが、時間を早めてつきそってほしいとの用件だった。できるだけ早く伺うと答えた。

母が食事をとることが困難になりつつあると施設から知らされたの

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丸谷才一『輝く日の宮』

丸谷才一『輝く日の宮』

『輝く日の宮』(2003)を久しぶりに再読した。

いたく感動したというのでも、心を揺さぶられたというのでもないが、ひじょうに上質な物語を存分に味わったという心地よい充足感があった。

最初読んだときに面白いと思い、そのうちいつものように内容をあらかた忘れてしまい、いずれまた読みたいと思っていた。
大河ドラマの影響もあって、今年は『源氏物語』ブームになりそうな予感があり、そんなこともすこし再読のき

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ロシア語能力検定試験

ロシア語能力検定試験

2023年10月末に第82回ロシア語能力検定試験2級を受験、12月13日に合格証書を受け取った。

同試験は300点満点で、内訳は文法100点、露文和訳、和文露訳、聴取(ヒアリング)、口頭作文が各50点である。
合格基準は、これら5科目すべてにおいて60%以上の得点を満たすこと。
ちなみに口頭作文とは、与えられた身近なテーマで10分間ロシア語による自由作文を行い、その後3分間で各受験者に配布された

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死ぬとは、即ち生きること

死ぬとは、即ち生きること

人間自身は決して時間を止めることができない。
だからこそ、時間を止めるものであり、時間を超えて生き続けるものでもある彫刻・絵画などの芸術作品に、人間は強く惹きつけられるのではないか。

そんな趣旨のことを前回の投稿で書いた。

それ以来、「時間」というものについて考えをめぐらしている。
人間にとって「時間」とは何だろう?



『日本経済新聞』朝刊の最終面に月替わりで毎日連載される「私の履歴書」

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仏像の「静」と「動」

仏像の「静」と「動」

十一月初旬に三泊四日で奈良へ行ってきた。

一日は奈良に住む職場の元同僚につき合ってもらい、ススキで有名な曽爾高原を散策した。
それ以外は、主として、ひとりで仏像を見て回ることに時間を費やした。

前回の投稿(十一面千手観音の想い出)から考えていたことがあった。
仏像には「静」と「動」の二種類があるのではないか、ということだ。
「京都・南山城の仏像」展で展示された仏像たちの中では、浄瑠璃寺の阿弥陀

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十一面千手観音の想い出

十一面千手観音の想い出

東京国立博物館で特別展「京都・南山城の仏像」を開催中だ。
先日、担当学芸員の方による記念講演会に参加し、その後展示会場で旧知の仏像たちと再会を果たした。

南山城と呼ばれる京都府最南端の地域に、在職中に二度赴任した。
最初の赴任は2010年前後、当時小中学生の子ども二人も一緒に家族四人で三年間を過ごした。二度目は、東京に戻ってから三年を経て、単身で一年間だけ赴任した。

木津川流域のこの地域は、平

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カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

一組の男女が真に愛し合っていること、あるいはそれを証明できることが、なんらかの権利や恩恵、救いを得るための条件である、ということ。

このモチーフは、イシグロの長編小説でたびたび用いられるものだ。

わたしが読んだ順で言えば、まず『クララとお日さま』(2021)。
AF(人工親友)のクララは、自分の主人である少女ジョジーを重い病から癒してほしいとお日さまに懸命に祈る。その際に、ジョジーがそのような

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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go, 2005)を読んだのは初めてではない。
いつだったか正確には覚えていないが、かなり前に一度読んだことがある。
詳細な内容はほとんど忘れてしまっていたが、どういう人たちについての話であったかは、もちろん覚えていた。

今回、わたしはこの小説を、「初めて読むかのように」戦慄しつつ再読した(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)。

主人公は、三

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カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは比較的寡作な作家であり、長編小説に限定すれば発表されている作品は全部で八つである。
これまで、それらのうちの五つについて note に拙い感想を記してきた。残るのは次の三つだ(刊行年は邦訳)。

『わたしたちが孤児だったころ』(2001年)
『わたしを離さないで』(2006年)
『忘れられた巨人』(2015年)

今回は『わたしたちが孤児だったころ』について書いてみたい。

『わ

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