マガジンのカバー画像

legosigno

180
個人的な栞(しおり)として皆さまの作品をピン留めしております。ヒマなときに見てもらうと、ひょっとしておもしろいかも。
運営しているクリエイター

#小説

苗字が変わって、自分は一度消えた。

苗字が変わって、自分は一度消えた。

結婚して苗字が変わった。
こんなに空っぽな気分になるとは、思わなかった。

結婚が決まった時は、ほっとした気分だった。
10代から悩み事は恋愛が上手くいきますように。
それしか考えていなかった。
彼氏が浮気をしていないか。結婚の意思があるのか。遠距離になるかもしれない。出会いがない。マッチングアプリをしてもいい人が出来ない。
好きな人には奥さんがいる。元彼が結婚したらしい。
悩みは尽きなかった。

もっとみる
バルザック『谷間の百合』

バルザック『谷間の百合』

最近高校生の頃に読んだ小説を読み直したくなります。
バルザックの「谷間の百合」を35年ぶりに読んでみました。
内容はほとんど覚えていなくて、社交界であったきれいな伯爵夫人と若い青年との恋愛物語。
最後は夫人が亡くなってしまうという、ごく大雑把なあらすじしか覚えていませんでした。
改めて読み直してみて、このシンプルなあらすじでどうしたらあんな大作が書けるのだろうと、文才のある人はさすがだと尊敬します

もっとみる
たらい回しにされた女 坂本睦子

たらい回しにされた女 坂本睦子

坂本睦子は、文学の研究者で知らない人はいないだろう。

どういう人かというと、こういう人だ。(あるブログにうまく要約されていたので引用したい)

直木三十五は睦子の処女を奪った。この一事が睦子の人生を変えた。この三十五の後、睦子は菊池寛の囲われ者になった。中原中也は結婚の申し込みをした。睦子はこの申し出を断った。寛の手から睦子を奪ったのが小林秀雄だった。秀雄は睦子と結婚の約束をしたが、睦子は関西出

もっとみる
マリー・セレスト号のしつらえ

マリー・セレスト号のしつらえ

短編小説

◇◇◇

 妻が今日から三日間、里帰りで家を留守にする。

 おれは仕事の都合もあり、家に一人で残ることにしたが、これを束の間の自由と捉えて、独身時代のように夜の町に繰り出して羽を伸ばそうなどとは思っていなかった。会社帰りにデパートの地下食品売り場を覗いて、惣菜や晩酌のつまみを何品か買ったら、どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅するつもりだった。

 退勤後に夕暮れの目抜き通りを歩いて、大きな

もっとみる

黄泉平坂墓地太郎事件簿「髪切り鬼」

序「鏡の中」

夜中に起きて暗闇の、化粧台の鏡のわたしと目が合う。わたし。
本当に?
鏡の中のわたしが、にいと笑う。笑ったのはわたし?
わたし、笑ったのかしら。
じょきり、じょきり。これは鋏の音。わたしの指が操る鉄鋏。
わたしの鋏が切ったもの。
鏡の中のわたしが、わたしの髪を切っている。折角伸ばした黒髪を。
じょきり、じょきり。

第一景「公開テレビ捜査のこと」

本日、テレビ公開捜査にご登壇願っ

もっとみる
一番最初に言い出した人がいる

一番最初に言い出した人がいる

5月○日 晴れ時々くもり
誰が一番最初に言い出したのだろうか。何を思ってそんなことを。

誠一郎はかく語りき

 軽籠坂を上りきった先にこの辺りではひと際大きな家がある。二階建ての立派な家屋に広い庭、北原さんの家だ。
 配達の帰りに坂を上ると、北原さんの家の庭で葉を茂らせている背の高い木が目に入った。うっそうと生えている葉の隙間にくすんだ黄色の丸い実がいくつかなっている。
 びわの木だ。
 もうそ

もっとみる
小説|北風と体温

小説|北風と体温

 北風は道ゆく彼女に話しかけます。風の声は、彼女の凍える紅い耳へ届きました。上着ではなく、ただ彼女の涙を吹き飛ばしたくて、日も雲に隠れる寒空の下、北風は彼女にこう語ります。

「より暖かい上着を着るのもよいでしょう。マフラーを巻き、手袋をつけるのもよいでしょう。カイロを懐へ忍ばせるのもよいでしょう。風の届かない建物で暖をとってもよいですし、暖かい地へ引っ越してもよいでしょう。

 去った夏を思い出

もっとみる
タルホと月⑧ 地上とは思い出ならずや

タルホと月⑧ 地上とは思い出ならずや

『きらきら草紙』は稲垣足穂の掌編小説である。
これも都合何回か改訂されたり、タイトルの変更があった。

足穂の作品は内容は掲載誌や掲載本が変わるに従い、度々改訂される。つまり、複数のバージョンが存在し、全集だけでは捕まらないのである(全集未収録作品もあるため、全て読んだ人間は恐らくは作者の足穂だけ)。
タイトルも同様であり、作品とは生きているもので、姿かたちを変えていく。

さて、『きらきら草紙』

もっとみる
NEMURENU39th【明日地球が粉々になっちゃうんだって】解題

NEMURENU39th【明日地球が粉々になっちゃうんだって】解題

眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー第39集「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」

多くの方にご参加頂きましてありがとうございます。十人十色の世紀末。壊れる地球。大殺界。僕の私の世紀末。皆様如何、お過ごしでしょうか。「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」残すところ、あと一日の人生です。さて、皆様どうお過ごしになりますか?

小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の

もっとみる
眠れぬ夜の奇妙なコメント師「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」

眠れぬ夜の奇妙なコメント師「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」

更新履歴
20210809 初稿
20219810 konekoさん、小牧秋さんを追記

NEMURENUの皆さんお元気ですか?
頂戴したコメントにお返事出来ておらず、すみません。近日にはなんとかお返事したいと思っております…。
先月のアンソロジー「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」はオールスター感のある記念誌的な号となりました。ご参加の皆様、ご覧の皆様ありがとうございました。
此の度も何処か

もっとみる
My Sweetie π

My Sweetie π

 何度創っても、途中で失敗する。
 本当に難しいわね。
 天地創造って。

 ♡

 天上の世界。
 破壊の女神・カーリーが昨日創った星はピンク色で、緑の大地が可愛かったのに、ヒトを創って置いたら一晩であっという間に戦争が始まり、激しく転がり回って、眠っているカーリーの髪を戦火が焦がした。只でさえクルンクルンのカーリーヘアの一部が、熱のせいでチリチリになった。しかも幸福な惰眠を貪り、夢の中で素敵な

もっとみる

NEMURENU「知らなかったんだ」コメント集、次回テーマ発表

コンバンワ。最近なんだかとても眠くて。
アア、ネムイ。と、欠伸をしたら何時の間にやら夢の中。
珍妙の徒に囲まれて、画期的な「かまぼこ」の企画開発や、世界平和についてアレコレ胡乱の談義を交わしております。
「新しい蒲鉾は弾力が違う」
「本当だ、珍しい食感だね」
「いつまでも口に残る」
「これはまるでガムだね」
「そうだね、味のないガムだね」
「売れますかね」
「うん、売れる、かな」
「巨額の開発費が

もっとみる
鼓膜

鼓膜

 自分の鼓膜を見るのは初めてだった。思いもよらない事だったが、彼は自分の一部に見惚れた。
 自覚症状はないのだが、聴力が落ちていると、定期健診で言われた。彼は事務担当で、職業的には耳に負担はかからない仕事のはずだ。元々、静かなオフィスでひたすらキーボードを打っていたが。最近はすっかりテレワークが定着したので、彼もその波に乗り、オフィスよりもさらに静かな自宅でひたすらキーボードを打っている。いまや耳

もっとみる
小説|コーヒーが冷めるとき

小説|コーヒーが冷めるとき

 おばあさんは眠るまえにコーヒーを飲みます。「眠れなくなるからやめなさい」とおじいさんは毎日のように言いましたが、おばあさんはやめません。「うまいんだから仕方ない」

 近所の人に会ってもあいさつをしないことも、お医者さんに止められているのにお酒を呑むことも、めんどうでお風呂に入らない日があることも、おじいさんは何度も注意しましたが、おばあさんは聞きません。

 おじいさんはとつぜん亡くなりました

もっとみる