馬場紀衣(iori baba)

文筆家。12歳で単身海外へ。University of Otagoを経て筑波大学人文学…

馬場紀衣(iori baba)

文筆家。12歳で単身海外へ。University of Otagoを経て筑波大学人文学類卒。古今東西の物語、幻想的、身体的、エロティックなものを中心に執筆。『光文社新書note』に書評、『Tabistory.jp』にエッセイ連載。『和樂web』『トーキングヘッズ叢書』などに寄稿。

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  • 世のなかの、美しいもの、醜いもの

    偏愛するテーマを取りあげながら、おもむくままに綴ったエッセイ。

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    読書ノート。これまでに読んだ本についての覚書。

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リンク集

インターネットの海に散らばった過去記事を集めました。 テーマ別に分けてあります。お好きなジャンルをお楽しみください。 参考文献を載せている記事もあります。より詳…

手足に願いをかけて

ここのところ手や足のことばかり考えている。 なので、手足形の話でもしようかな。 福井県若狭町の三方石観世音のお堂には、江戸時代後期から現在までの約二百年にかけて…

『街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する』ローマン・マーズ、カート・コールステッド

著/ローマン・マーズ、カート・コールステッド 訳/小坂恵理『街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する』、光文社、2023年 世界は驚きに満ちている。そ…

糸を愛でる

糸が好きで、たくさんもっている。 手先が不器用なせいか、それともミシンとの相性が悪いのか、私自身はなにかを縫うということはしないのだけれど、糸や布やボタンを見に…

カルタフィルスかもしれない人たち

「さまよえるユダヤ人」は作家たちの創作意欲をかきたてる題材のようで、彼の伝説を耳にした作り手は作品にせずにはいられないらしい。 シュレーゲーもシャミッソーもウ…

カルタフィルスの目撃情報

カルタフィルスは実在する(と信じるには創作じみている)目撃情報をいくつか紹介しようと思う。 記録を信じるなら、シュレースヴィッヒの司教パウロ・エッツェンなる人物…

カルタフィルスの話

カルタフィルスの話をしようと思う。 もしも老いることなく、死ぬことなく、何千年ものあいだ地上をさまよい続けているのだと語る人に出会ったとして。おそらく、たいてい…

プエラ・エテルナ(少女論4)

マリと森茉莉とアナイス・ニン。ここに私はシルヴィア・プラスも並べたい。ドラマティックな死を遂げたアメリカの美しい現代作家、シルヴィア。 彼女たちの少女性について…

アナイス・ニンのこと(少女論3)

周囲の讃嘆の眼差しを我物にしてきたモイラのような美少女を現実に知っている。奇しくも森茉莉とおなじ年に生を享けたアナイス・ニンだ。 ニンは、悪夢のような美しさを…

モイラのこと(少女論2)

アナトール・フランスの『マリ』ついでに、もう一人のマリについても書く。 文豪・森鷗外に砂糖菓子のように甘やかに育てられ、薔薇と菫の花びらを砂糖でからめた菓子を愛…

マリのこと(少女論1)

アナトール・フランスの『マリ』は、1886年にパリのアシェットという本屋から出版された『我々の子供たち(Nos Enfants)』のなかの一編で、ほんの3ページ足らずの短い物語…

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(3)

とフランスの啓蒙思想家ルソーは書いている。 ここで近代思潮全体に影響を及ぼしたその教育論に触れるつもりはないけれど、もしルソーの言うとおりなら、私は正しい時期に…

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(2)

マルグリット・オードゥー(Marguerite Audoux)というのがその本の作者の名前だと知ったのは、ほんの数日前のことだ。 それも、見つけてやろうと意気込んで近づいたので…

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(1)

この世でもっとも美しい本を知っている。 夢さながらの美しい舞台で、詩のように意味深い言葉が綴られた、作者の深い愛憐が文章の隅々まであまねく行き渡っている、人間の…

『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』Alison Matthews David

著/Alison Matthews David、訳/安部恵子『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』化学同人、2019年 星の数ほどあるファッションについて書かれた本の…

『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 初めて裸体の自画像を描いた女性画家』(バルバラ・ボイス)

著/バルバラ・ボイス  訳/藤川 芳朗『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 初めて裸体の自画像を描いた女性画家』みすず書房、2020年   ヨーロッパの現代絵画(モデル…

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参考文献を載せている記事もあります。より詳しく学びたい方は、ご参照ください。

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「身体」をテーマに小説、ノンフィクションの書籍を紹介しています。

本好きな人たちと繋がる。本の楽しさに気づいてもらえるサイトです。

自分をさまよい、世界を彷徨う、コアジャー

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手足に願いをかけて

手足に願いをかけて

ここのところ手や足のことばかり考えている。
なので、手足形の話でもしようかな。

福井県若狭町の三方石観世音のお堂には、江戸時代後期から現在までの約二百年にかけて総数6万点もの「手足形」が奉納されている、らしい。らしい、というのは実際に見たことがないから。それでも数年前に、都内の美術大学でその一部を見たことがある。

祈願者は本堂の御宝前にお供えされている手形足形のうち病んでいるのと同じ方を借り受

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『街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する』ローマン・マーズ、カート・コールステッド

『街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する』ローマン・マーズ、カート・コールステッド

著/ローマン・マーズ、カート・コールステッド 訳/小坂恵理『街角さりげないもの事典 隠れたデザインの世界を探索する』、光文社、2023年

世界は驚きに満ちている。それは街角だって例外じゃない。わざわざ電車や飛行機を乗りついで大きな荷物を苦労してひきずらなくても、たとえば洗剤を買いに行く道のりにだって、薬局へ向かうひと時にだって驚きは転がっている。もし歩き慣れた通りに閃きを見いだせたなら。

これ

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糸を愛でる

糸を愛でる

糸が好きで、たくさんもっている。
手先が不器用なせいか、それともミシンとの相性が悪いのか、私自身はなにかを縫うということはしないのだけれど、糸や布やボタンを見に手芸店へよく出かける。きれいな色、蜘蛛の糸みたい、葉脈みたい、と集めていたら、使い道のない糸だけが何メートルも何十メートルも集まってしまって、鈍く光る縫い針と一緒に長いこと裁縫箱(という名のがらくた箱)のなかで転がっている。

私自身は縫い

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カルタフィルスかもしれない人たち

カルタフィルスかもしれない人たち

「さまよえるユダヤ人」は作家たちの創作意欲をかきたてる題材のようで、彼の伝説を耳にした作り手は作品にせずにはいられないらしい。

シュレーゲーもシャミッソーもウージューヌ・シューもE・キネも、さまよえるユダヤ人を題材に作品の構想を練ったし、フランスの挿絵画家ギュスターヌ・ヴ・ドレは木版画に靴屋のアハスエールスを描いた。ボルヘスの『不死の人』にはカルタフィルスなる人物が登場するし、マチューソンの『

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カルタフィルスの目撃情報

カルタフィルスの目撃情報

カルタフィルスは実在する(と信じるには創作じみている)目撃情報をいくつか紹介しようと思う。

記録を信じるなら、シュレースヴィッヒの司教パウロ・エッツェンなる人物が1542年にハンブルクでアハスエールス(仏語ならアースヴェリス)なる人物に出合い、身の上話を聞いている。この8ページほどの小冊子がフランスで翻訳されるやいなや、私も見た、じつは自分も、と、ヨーロッパ各地で謎の男の目撃話が流れるようになっ

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カルタフィルスの話

カルタフィルスの話

カルタフィルスの話をしようと思う。

もしも老いることなく、死ぬことなく、何千年ものあいだ地上をさまよい続けているのだと語る人に出会ったとして。おそらく、たいていの人は気が狂ったと疑うか、笑い飛ばすか、呆れるだろうけれど、きっと、私なら信じてしまうと思う。
もともと呑気な性格だから、というのもあるけれど、そういう「たち」なのだからしょうがない。いつも目で見ていることと空想が入り混じっていて、現実を

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プエラ・エテルナ(少女論4)

プエラ・エテルナ(少女論4)

マリと森茉莉とアナイス・ニン。ここに私はシルヴィア・プラスも並べたい。ドラマティックな死を遂げたアメリカの美しい現代作家、シルヴィア。

彼女たちの少女性について考えるとき、浮かび上がるのが「父の娘」という概念だ。シルヴィアのたぐいまれなる詩的霊感もまた、父親との関係を通して得られたといえるだろう。

ユング派の女流分析家レナードは、大人になった女性たちの化粧顔の下の、傷ついた自己や隠れた絶望感

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アナイス・ニンのこと(少女論3)

アナイス・ニンのこと(少女論3)

周囲の讃嘆の眼差しを我物にしてきたモイラのような美少女を現実に知っている。奇しくも森茉莉とおなじ年に生を享けたアナイス・ニンだ。

ニンは、悪夢のような美しさをもちながらも長いあいだ自分の醜さに苦しんでいた。はじめて人から容姿を褒められたときには「ばかみたい、ちゃんちゃらおかしい」と日記にうち明けている。

物語でなく現実を生きるニンの抱えていた容貌コンプレックスの理由ははっきりしていて、音楽

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モイラのこと(少女論2)

モイラのこと(少女論2)

アナトール・フランスの『マリ』ついでに、もう一人のマリについても書く。

文豪・森鷗外に砂糖菓子のように甘やかに育てられ、薔薇と菫の花びらを砂糖でからめた菓子を愛していた、森茉莉について。まったくべつの二人の少女なのに、私の中で二人のマリはいつもぴったりと重なりあってしまう。

還暦を過ぎた森茉莉が十年もの月日をかけて書き上げた長編小説『甘い蜜の部屋』には、糖蜜のように甘やかされた森茉莉の幼少期

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マリのこと(少女論1)

マリのこと(少女論1)

アナトール・フランスの『マリ』は、1886年にパリのアシェットという本屋から出版された『我々の子供たち(Nos Enfants)』のなかの一編で、ほんの3ページ足らずの短い物語なのだけれど、じつに長閑で気持ちよさそうな雰囲気なのがいい。
少女が花と同じほどにのびのびしているところとか、そこに咲いていることを心から楽しんでいる感じとか。体の芯から嬉しそうなのが伝わってくる。

矢川澄子がおもしろい

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この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(3)

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(3)

とフランスの啓蒙思想家ルソーは書いている。
ここで近代思潮全体に影響を及ぼしたその教育論に触れるつもりはないけれど、もしルソーの言うとおりなら、私は正しい時期に正しい本を手にとり、きちんとお別れをいうことができたのかもしれない。ただ、彼自身は、児童文学に必ずしも好意的ではなかったようだけれど。

造物主の手から出てくるときはすべてが善でも、人間の手に渡るとすべてが堕落すると考えたルソーには共感でき

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この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(2)

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(2)

マルグリット・オードゥー(Marguerite Audoux)というのがその本の作者の名前だと知ったのは、ほんの数日前のことだ。

それも、見つけてやろうと意気込んで近づいたのではなくて、あるとき、いつもの古本屋で、見るともなしに店内を巡っていたときに、私のもとへ飛びこんできたのだった。いつもの、というのは、駅からの帰り道にある古本屋で、なにも荷物を持っていないときにだけ寄る場所である。荷物がない

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この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(1)

この世でもっとも美しく、残酷な本のこと(1)

この世でもっとも美しい本を知っている。
夢さながらの美しい舞台で、詩のように意味深い言葉が綴られた、作者の深い愛憐が文章の隅々まであまねく行き渡っている、人間の善良さと正しさを信じていたくなる、そういう本を知っている。  
      
〈少女〉は、(というのはこの本の主人公ことだけれど)あまり我慢強いとはいえない性格で、優等生というよりはお転婆で、思いこみが強く、つねになにかに困り果てていて、野

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『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』Alison Matthews David

『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』Alison Matthews David

著/Alison Matthews David、訳/安部恵子『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』化学同人、2019年

星の数ほどあるファッションについて書かれた本のなかでも異形を放つ一冊。街角スナップとか有名人の鞄の中にまるで興味のない私にとって、実際、ここ最近読んだ服飾関係の本のなかでもっともおもしろかった。おもしろくて、息をのむ。華やかで、邪悪な、服飾の死の歴史を記した本

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『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 初めて裸体の自画像を描いた女性画家』(バルバラ・ボイス)

『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 初めて裸体の自画像を描いた女性画家』(バルバラ・ボイス)

著/バルバラ・ボイス  訳/藤川 芳朗『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー 初めて裸体の自画像を描いた女性画家』みすず書房、2020年

 

ヨーロッパの現代絵画(モデルネ)の先駆者であるパウラ・モーダーゾーン=ベッカーが31歳で生涯を終えたとき、この若きドイツ人女性画家はおよそ750枚の油彩画と1400枚の素描を遺していた。死の直前まで描いて、描いて、描きつくして、パウラにとって描くことは、その

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