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読書と本屋さん

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本にまつわるエッセイをまとめてみました。
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記事一覧

晩鐘と羅針盤

 外は雨が降っている。遠くに見える梅の木が、ぼんやり薄桃色に染まっている。車は、ときおり激しく降る雨音を蹴散らせながら、走り去っていく。

 いつの間にか、三月になった。温かい日と、底冷えのする日を繰り返しながら、春に近づいていく。身体は外気のアップダウンにまだ慣れず、気を抜くと、心までアップダウンするので、自分で自分を労わる毎日である。

 
 こんなときこそ「読書だ!」と思い、昨日手に取ったの

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パンと読書と片想い

パンと読書と片想い

 本棚の整理をしようと思い立ったのはピンと晴れ渡った休日。生成りの毛布を干し、真っ赤な苺ジャムを塗ったパンを食べて、キリマンジャロのコーヒーで一息ついた頃だった。部屋の模様替えと共に本棚作りをしようと思ったのは、文学YouTuberベルさんの本棚の動画を見てしまったせいだろう。

 うちの近所には図書館がない代わりにブックオフがある。気軽に本を買うことは出来るが、積読本やはまらなかった本が溜まる羽

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日の名残り

日の名残り

 午後9時、外は雨音で満ちている。蛍光灯の灯りの下で、明るいランタンをテーブルに置き、タブレットを開く。ピンク色の手帳と3色ボールペン、ムーミン柄のコーヒーカップを、タブレットの横にスタンバイ。手が汗で滲んでいる。もうすぐ始まるのだ、ZOOMでの読書会が。

 この読書会に参加するのは2度目。6名の参加者が画面に集まっている。同年代の方はひとり、後は10歳以上は若いであろう方々が、慣れた感じでそれ

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喪失…初めての北欧ミステリー

喪失…初めての北欧ミステリー

【喪失】カーリン・アルヴテーゲン(柳沢由実子訳)

 今年は海外の小説を読んでみよう、そう思って手に取ったのがこの本だ。予備知識もなく表紙に惹かれて買ったのだけど、すっごく面白かった!

 それもそのはず、裏表紙には『2000年ベスト北欧推理小説受賞。世界20ヵ国で翻訳されている』と書かれてあるのだから。



 ストックホルムでホームレス同様の生活をしている32歳の女性シビラが、殺人事件の容疑

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やっぱり夏目漱石先生が好きだ!

やっぱり夏目漱石先生が好きだ!

 …と言っても数冊しか読んでないんだけど、それでも行間に含まれる感情の揺れと、じんわり温かい湿度の有る文章が好きなんだ。

 最初に読んだのは【吾輩は猫である】だ。小学校の国語の教科書に掲載されていたのを覚えている。リズムのある文章と猫が主人公という突飛な設定に、幼い私は面白いな!!って夢中になったんだ。

 それから【三四郎】だったと思うけど、これはたぶん読んだんだろうくらいしか覚えていない。も

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読書と実家とストレスと

読書と実家とストレスと

 【凍土の密約】(今野敏 )を年末に読了し、新年初めに【リヴィエラを撃て】(髙村薫)を読んでいる。読んでいる本の系統を見て「あぁ、ストレスがたまっているんだなぁ」と知って驚いている。自分自身、そんなつもりはなかったのだけど。

 【凍土の密約】は外事警察とロシアの諜報員が第二次世界大戦後の北海道をめぐる密約文章を探す話しで、【リヴィエラを撃て】は北アイルランドの元IRAテロリストがCIAと関わりを

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揺れる感情に杭を打つ

揺れる感情に杭を打つ

 十一月も末になると、怒涛の読書の日々が待っている。一年で百冊読むのが今年の目標なので、ラストスパート、まさに臨戦態勢なのだ。

 ここに二冊の本がある。夏目漱石の【それから】と塩野七生の【ルネサンスの女たち】異色の組み合わせが、また面白い。

▽ ▽ ▽

 

 どうしてこうも奥行きのある表現が出来るのだろう!同じ材料を使って凡人とは違う極上の料理を創る料理人のごとく、同じ文字を使って最高級の

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好きと嫌い、純文学ってもやもやするんだ

好きと嫌い、純文学ってもやもやするんだ

読書が好きで、そんな本好きの仲間に会いたくて読書会に参加している。といっても、時間が合う時に行くので、数ヶ月に1回のスローペースだけれど。この前久しぶりに(コロナで最近ようやく再開したよ)本屋さん主催の読書会に行ったんだ。

 今回の一冊は【車輪の下で】ヘルマン・ヘッセ。有名だけど私には馴染みの少ないドイツ文学だ。ざっくりとしたストーリーは、田舎の神童と呼ばれた少年が、国が営む神学校へ進学す

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それから、本を読もうか

それから、本を読もうか

 ずっと気になっていた【ビブリア古書堂の事件手帳】を観た。主演は黒木華、雰囲気がぽわっとして好きな女優さん。鎌倉の古書店で働く女性店主のもとに夏目漱石の【それから】の本を持った若者(野村周平)が現れる。亡くなった祖母が大切にしていた古い本の謎を知りたくて。そこから解かれた謎は、若き日の祖母の激しく切ない恋の話だった。

 若き日の祖母を夏帆、その恋の相手を東出昌大。1660年代の時代をノスタルジッ

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だから、虹を見ようよ

雨が降っている。

視界を真っ白に遮断して激しく雨が降り続く。

排水溝から水があふれ、道路も溝も見分けがつかない。

おっと危ない、足が沈んじゃう。

昔の道は土だったから雨が降ると泥水だらけになったんだろうな。

今はアスファルトの横に溝があるから、雨は素早く吸い込まれていく。

排水溝はライフラインに欠かせないけど、誰もそんなの気にしないよね。

大雨が続いて排水溝から水が溢れて、やっとその

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海辺のカフェでコーヒーを

海辺のカフェでコーヒーを

 映画【めがね】を観たせいだろうか。海が私を呼んでいる。いや、違うな。私は海が恋しくてたまらない。

 【めがね】の主な登場人物は5人。南の島に来た旅の女、タエコ(小林聡美)が主人公。旅館の主人と(光石研)常連客(市川実日子)、季節ごとにふらりと現れる謎の女(もたいまさこ)、タエコを追って来た青年(加瀬亮)の何をするでもない、たそがれの時間を映し出す作品だ。

 南の島の物語はまるでファンタジー。

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ほんとうの贅沢

 たゆたゆと水辺を走る波しぶき。柔らかな風に吹かれてきらきらひかる姿は美しい。されど、豪風で水底をかき回されて吹き出る飛沫は、汚泥をさらし水面を濁らせる。

▽ ▽ ▽

 挨拶っていいよね。朝は「おはよう」昼は「こんにちは」夜は「こんばんは」。意味もなく、ただ相手を認識するために交わす合言葉。お天気から始まって、今日のご飯はなんにしようか、昨日のテレビ面白かったねなんて、取り止めのない話を転がす

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見えないものを見ようとして

見えないものを見ようとして

 空中に漂う感情の欠片を言葉として表現したいんだ。マジシャンが空に手を伸ばすとトランプが湧き出てくるように、言葉を自由に操る作家さん達。どんな装置を持っているんだろう?

 何かを書く時、後頭部の首の右側あたりが重くなるの。頭の中に翻訳機が、しかもかなりポンコツで重い機械が入っている感じがする。作家さんは精巧なマイクロチップが入ってて、すらすらと感情を言葉に変換していく。

 noteが毎日書くこ

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本とコーヒーと、時々ミルクティー

 久しぶりにコーヒーを飲んだ。職場にある、甘さ控えめのインスタントコーヒーだ。カフェインがククっと身体中を駆けめぐり懐かしい感じがした。

 知り合いからコーヒーを買った。ある方への支援込みのコーヒーなんだ。毎日欠かさず飲んでいるのに、今家に無くてそれでも買わないのは、その特別なコーヒーを待っているから。当たり前の習慣が誰かの支援に繋がるのってちょっと嬉しい。飲むたび知らない誰かを想う、心の潤いっ

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