家族空間において子の主張は常に親という魔物によって無効化されるという話。親にぶちまけてみた結果、変わったようで変わらなかった。

加筆修正したところもありますが、当日の荒ぶりながらの殴り書きがメインなので、ちょこちょこちぐはぐですが、大目に見てください。お願いします。

2020/08/19真夜中、私は診断書と休学届を親につきつけた。

私、中学生の時に、何となく(?)リストカットしたことあるけど、実はその時に、私の部屋から親が刃物を回収してたらしくて、それを約10年越しに今日、知った。

もし休学したいメンタルの状態が良くないって言ったらどう親は反応すると思う?って、先週、病院でソーシャルワーカーの人に聞かれた。「親は私を愛してくれてるから、私が真剣にお願いすれば分かったって承知してくれるか、ひとまずここに正座して状況を説明しなさいって言われるかだと思う。どっちにしろ最終的に、私が本当にしんどいってことがわかれば許可は下りると思う。でも、私が悩んでる一因に自分たちが絡んでるとは一ミリも思わないし、そんな発想どっからも出てこないと思う。」と私は答えた。

今日、思い切って、「2年前から無気力になり始めて1年前からもっと沈み始めて、一人じゃどうしようもできなくなったので、病院に行き始めた。服薬中である。自分のペースで書き上げないといけない卒論が、気分の波があって、手を付け始めるまでに異様に時間ががかかって、書けそうにないから、ひとまず休みたい。休学したい。」そう親に告げた。休学の際に診断書が必要だったので、病院でもらってきたが、親に告げる際に診断書があれば、私がしんどいのは私の怠慢ではなくお医者さんお墨付きの病気であることが証明出来て、親もより納得できるんじゃないか、私がしんどいことを証明できるんじゃないかと思い、診断書のコピーももらってきた。それと一緒に途中まで記入した休学届を親に見せた。

案の定そうだった。病院で答えたとおりだった。私のゼロひゃくな性格のところとか、今回だって、卒論を100%の力で書けないならじゃぁ休む、そういった考え方を変えていかないと、結局自分の首を自分で占めるだけだ、40%の力でどんなクオリティでもいいから書いてひとまず卒業する、そういった風に考えれるようにならないと自分が苦しいだけだ、と生き方を指南された。私の性格が問題で、今そういった状態になっているのだから、性格から変えていかないとと、上から言ってくるのだ。自分たちが関係しているとは一ミリも思っていない。

まぁ上記の内容には、納得したのと、後述するが、今年院試を受けなくてもいい、一年おいてゆっくり準備してからでもいいということになったので、自分的、院に提出するのだからそれなりのクオリティのものを出さないと無気力に反して力んでいたところを緩めれたのと、今年受けないのであれば、卒論と同時に院試の勉強や、研究計画書を書かなくてもいいので、ひとまず色んな負担が下りたので、休学せずに、とにかく何とかこのまま卒業だけはしようというところに、納得し落ち着いた。

話を戻すと、全然、私が苦しんでいる原因に自分たちが絡んでいるとは一ミリも思ってない、みたいな態度で接してくるので、言うつもりはなかったが、たまらなくなって、あなたたちが私を苦しめてますよ的なことを告げた。そしたら、そんなつもりはない、と。ほら。結局指南してくるの。別に今でも俺たちは一人暮らししてもいいと思ってるよとか、考え方自体を変えていかなきゃって。ほら、私の主張が、私の思い込みで気のせいみたいな言い方して。私の受け取り方だけじゃなくて、そう思わせてしまっている方にだって、十二分に原因はあるよ?私がそう思うようになったのは、私の生だけじゃ絶対ないよ?そういうとこだよ。

全部気のせいだよ、こっちはそんなつもりないで、無効力化されてしまう空間。そんなこと言っても、そういう考え方が自分で自分を苦しめているって言われて結局、悪いのは私で、もっと楽に生きたらいいといわれて、親は何もなかったように何も悪くなかったようになってしまう。どこまで行っても、この絶妙な上下関係は消えないんだよな。過干渉に悩む娘と、放任主義だと思っている親。この認識のずれの問題は決して、片側だけの問題ではない。

リストカットは言えても、セックスの話は言えねぇな。笑えない。

でもまあ、とりあえず、就活しなくていいしばらく好きにしていいと親が思っていることは分かったし、自分は過干渉だと思っていた親にそんなつもりはなかった、つまり別に干渉されてないってことがわかったのでその点はよかった。(これでほったらかしてるつもりと思ってる親こえぇよ。)

自分が言わないから聞くんだって言われたけど、そもそももう聞かなくていいじゃんってことを私は言いたかったんだよねきっと。20超えたんだから、私がどこで何を誰としているのかを知らなくてもいいじゃんってことじゃん。私がちゃんと言わないのが悪いんじゃなくて。それとも、そう言い返したら、親なんだから子供が何してるか気になるのは当たり前とでも返してくんのかな。そうやってまた私の主張を無効化していくのかな。

話してみてなんかわりと一件落着した気に一瞬なったけど、冷静になってみると全然そうではないわ。

まだ外に出ていけるから大丈夫って言われたけど、大うつより小うつのほうが慢性化しやすく長引きやすかったりもするので、一日中寝込む大うつじゃないから大丈夫なわけではない。

ずっとまえに「うちは放任主義だ。好きなことをやらせてきた。」と父が(反冗談交じりでふざけて?)言ったときも、吹き出しそうになったが、今回も自分たちは過干渉ではない、全然干渉していないと当たり前のように言い張るところが、この私と彼らの認識のずれは何ゆえか。私が歪みすぎているのか???やはりここで自分の方を持ってくれる大人の存在って大事だなと、ふと高校の時の塾長を思い出した。確かに共感してくれる友達も大事だし、ものすごくありがたいけど、やはりそこに大人が加わると、私の主張が間違っていないみたいで、ちゃんと客観的に承認されたみたいで(そもそも私の口からしか状況を聞いていない時点で客観性をもくそもねぇが、そんなのここでは重要じゃない)、気持ち的に安心というか、とにかくメンタル的にはグッドなのだ。加えて、祖父母や近所の方々の距離が近いので、母親から話を聞く母親世代や母親の母親が、私の気持ちなんて理解できるわけもなく、やはり、子供の私の話を聞いてくれる信頼できる大人が親以外に必ず子供のそばには必要なのだと思う。正直、先生はそう簡単にその信頼できる大人になることは難しい世の中だと思うので、何かもっといい環境が構築されればなぁと、これおんなじこと前も思ったぞ。

やっぱり今のままだと、親に相談できる環境が整ったのしても、親が原因でもあるので、すがりつく場所がほかにも絶対必要で、親とともに通院しろとか言われだしたので、精神科医もソーシャルワーカーもその大人からは除外されたも同然。ほかの第三者の大人がやっぱり必要。大人じゃなくても年上の自分を分かってくれていると感じるだれか。

あ~やっぱり家族関係って根深い。そりゃ21年間の蓄積だもの。根深くて複雑で一筋縄ではいかないに決まっている。一晩、少々一部を打ち明けて、何十分も号泣しながら過呼吸になって手が震えたところで、やっぱり、一晩で、根本が解決するわけではないんだよ。

まぁでも、病気の回復のためにも、考え方から変えていくためにも、ひとまず「メンクリをに通っていて服薬中なのを打ち明けれたこと」「親もストレッサーになっていることを告げられたこと」「親的には別に干渉するつもりはないこと」「新卒一括採用制度にのって"普通"に就活できなくても別に何でもいいこと」「バイトをやめてもいいこと」「今はとにかく好きなことだけしてゆっくりしてればいいということ」これらがわかっただけでも、こうなっただけでも、数時間ですごいぞ。何も言わずに長年通院して一人で病んでるよりも、きっといい方向にいくはずだぞ。(親にぶちまけた後にも切っちゃったけど(笑))と思い込んで寝よう。

「結局はお前はまだ子どもやねんから」このワンフレーズで、私はまだ未熟で、保護化にあって、独り立ちできていなくて、未熟な私の主張内容は正当で的をいたものでない、 こうやって、私の主張のなにもかも「親」という種が親子関係の中で持つ特殊な権力によって潰されていく。

「結局まだお前は子供なんだから」いつになったら私はこの人たちの子供から解放されるのだろうか。私はなりたくてこの人たちの子供になったのだろうか。誰が私を生み出したのだろうか。誰の意向だろうか。生まれたことはすばらくして、産んでくれたものに感謝すべきなのだろうか。

「結局お前はまだ子供なんだから、ママと一緒に病院に行った方がいい」この一言は、つまり、一緒についていって正しいか見てあげる必要がある、まだ一人前じゃなくて、その治療が正しいのかさえ判別できないのだから。の言い換えだろう。

振り返ってみると、親と離れて暮らしている、一人海外旅行中のは私は、一人で何でもできると思える。あの自信、あの万能感。だって実際海外に一人で何度も1カ月以上行ってもちゃんと生きて帰ってこれてるのだから、私だって一人でやるしかなくなったら一人で生活できている。いつまでも親の横で子供でいるから、子供から抜け出せないのであって、親子関係の中で子である立場からは一生抜けられなくとも、離れて普通に暮らすことはできる。

結局。親は何もわかってないということがわかった。でも普通に生きなくてもいいがんばらなくてもいいこともわかった。

私なんぞにご支援いただける方がこの地球上におりましたら、もう控えめに言ってあげみざわエクスプローションします。