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  • 三島由紀夫「憂国」以後の短編感想

    三島由紀夫「憂国」以後の短編の感想をまとめています。読むときの参考になれば幸いです。ただ悪口が多いです。

記事一覧

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」ほか

【どうでもいい話】「作品を出すだけで嬉しい」とは、作家にとってある意味で辛い言葉ではなかろうか。 もちろん褒め言葉としても取れるが、自作の作品としての良し悪しを…

三木卓「ほろびた国の旅」

あらすじ:1954年、大学受験に失敗した「ぼく」(三木卓)は、子供の頃を過ごした1943年の満州・大連にタイムスリップしてしまった。満州国があと2年でなくなることを知って…

雑文+三島のややマイナー長編

かわいそうな作家といえば個人的にはヘミングウェイが思い浮かぶ。晩年二度も飛行機事故に会ったのだ。 中上健次もなかなかだ。バブル景気の軽薄で浮かれた空気は彼の土着…

阿部和重「大江健三郎追悼」

非常に良い記事だった。ぜひ読んでほしい。

最近読んだ本

チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳「82年生まれ、キム・ジヨン」。 タイトルの通り、1982年生まれの韓国人女性キム・ジヨンの生涯を2016年―34歳になるまで追った長編。 す…

川野芽生「無垢なる花たちのためのユートピア」

目元より上を、白と赤紫のまだらに混ざった花に覆われた中性的な未成年者。 白い布地の、上は肩の出た柔らかな服、下は同じ生地の、太ももの中ほどまでを覆う半ズボン。 目…

三島由紀夫「朝倉」ほか

昭和十九年―一九四四年、三島由紀夫十九歳の作品。 解説から引くと「平安後期の散佚物語「朝倉」を藍本(注:原典)としたもの。」 さて、散佚物語と聞くとついついロマン…

三島由紀夫「世々に残さん」

三島由紀夫「世々に残さん」。昭和十八年―一九四三年、三島由紀夫十八歳の作品。 三島本人の言葉を借りるなら「平家没落哀史」―源平合戦のさなかに滅びゆく平家の若者の…

森茉莉「恋人たちの森」

森茉莉氏の「恋人たちの森」冒頭に置かれた詩篇。 筆者は男性同士の同性愛を扱う作品には疎いが、いわゆる抱く側がこの詩を創ったギドウ(義童)、抱かれる側がパウロ(巴…

現代日本文学とかを読む③古井由吉「われもまた天に」ほか一冊

古井由吉「われもまた天に」。三作の短編と遺稿からなる短編集だが、今回は三作の短編のみ扱いたい。理由は後述する。 〈春の雛〉 始まりの文章は「二月四日は立春にあた…

現代日本文学を読む②今村夏子「星の子」ほか一冊

今村夏子氏の「星の子」。まず装画が美しい小説だ。植田真氏―絵本のイラストを数多く担当していらっしゃる方によるもの。 水彩の山々の上を流れ星が一つ流れ、その上に星…

現代日本文学を読む①中村文則「教団X」

中村文則「教団X」。分厚い小説で計567ページもある。 ただ、これだけで読む気を失わないでほしい。実際読むと思ったより楽に読める、気楽に聞いてほしい。 まず本作は、…

最近読んだ本

「はつなつみずうみ分光器」瀬戸夏子編著。二〇〇〇年代以降に出版された歌集を約三十ほど収録した短歌アンソロジー。 そのなかに異質な歌風の歌人がいたので紹介したい。 …

最近読んだ本

コーマック・マッカーシー「ブラッド・メリディアン―あるいは西部の夕陽の赤―」副題の通り西部劇の形式を借りた小説。 あらすじ:19世紀半ばのアメリカが舞台。14歳で家出…

最近読んだ本

池澤夏樹「短編コレクションII」から三篇。 サルマン・ラシュディ「無料のラジオ」。 あらすじがなかなか衝撃的だった。 無料のラジオを貰うため断種手術を受けた、俗っぽ…

最近読んだ本

コーマック・マッカーシー「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」。 あらすじ。「ヴェトナム帰還兵モスはメキシコ国境付近で麻薬密売人が殺された現場に遭遇する。…

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」ほか


【どうでもいい話】「作品を出すだけで嬉しい」とは、作家にとってある意味で辛い言葉ではなかろうか。
もちろん褒め言葉としても取れるが、自作の作品としての良し悪しを度外視されるのは優しい戦力外通告のようにも聞こえる。

それでも、筆者には二人「作品を出すだけで嬉しい」作家がいる。一人は筒井康隆、一人は萩尾望都だ。
もう筒井康隆は「ダンシング・ヴァニティ」も「聖痕」も「モナドの領域」も読んでいない。萩

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三木卓「ほろびた国の旅」

あらすじ:1954年、大学受験に失敗した「ぼく」(三木卓)は、子供の頃を過ごした1943年の満州・大連にタイムスリップしてしまった。満州国があと2年でなくなることを知っている「ぼく」は、怪しい人物として憲兵に追われ……

三木氏は元々児童書の執筆やアーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズの翻訳などで名を知られているが、本作はその原点に当たる著者初の児童小説だった。

話の軸は、落第生

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雑文+三島のややマイナー長編

かわいそうな作家といえば個人的にはヘミングウェイが思い浮かぶ。晩年二度も飛行機事故に会ったのだ。
中上健次もなかなかだ。バブル景気の軽薄で浮かれた空気は彼の土着の死と生を扱う文学をぶち壊した。
カート・ヴォネガットも作家人生の後半は親の介護に追われた。
女性作家も一々言葉にしないだけで、育児や介護に追われたケースは多かったはずだ。
たとえば、幻想小説家の山尾悠子氏は育児がきっかけでしばらく断筆して

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最近読んだ本

チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳「82年生まれ、キム・ジヨン」。
タイトルの通り、1982年生まれの韓国人女性キム・ジヨンの生涯を2016年―34歳になるまで追った長編。

すでに知っている方が多いとは思うが、本作はいわゆる「フェミニズム小説」に当たる―この言葉も十分適切ではないが。
女性が幼年期から母親として役割を果たすまでに受ける様々な社会的外圧と、自らの心に植えつけられた内圧の間でもがき苦しむ

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川野芽生「無垢なる花たちのためのユートピア」

目元より上を、白と赤紫のまだらに混ざった花に覆われた中性的な未成年者。
白い布地の、上は肩の出た柔らかな服、下は同じ生地の、太ももの中ほどまでを覆う半ズボン。
目元の花びらは今しがたも散り続けている。
副題の「THE NOWHERE GARDEN FOR THE INNOCENT」の文字列は白い蔓の装飾に両端から挟まれている。
背景には水のような空のような青色。

本作「無垢なる花たちのためのユー

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三島由紀夫「朝倉」ほか

昭和十九年―一九四四年、三島由紀夫十九歳の作品。
解説から引くと「平安後期の散佚物語「朝倉」を藍本(注:原典)としたもの。」

さて、散佚物語と聞くとついついロマンを感じてしまう。ロマン結構結構。
だが実際は物語に目新しさや個性が少なく単に自然淘汰された作が少なくないとか。 
この「朝倉」も同様。朝倉君と中将の悲恋物語だが、この物語特有の個性は感じられず、三島の作品としても強い魅力は見当たらない。

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三島由紀夫「世々に残さん」

三島由紀夫「世々に残さん」。昭和十八年―一九四三年、三島由紀夫十八歳の作品。
三島本人の言葉を借りるなら「平家没落哀史」―源平合戦のさなかに滅びゆく平家の若者の姿を描いた短編である。

まず本作で驚くのはその緊密な構成だ。
主旋律に今をときめく美青年の春家と山吹の儚い恋物語があり、副旋律に出家した秋経と遊女の珊瑚の当てもない流離譚がある。
擬古文の完成度も素晴らしい。擬古文は扱いの難しい表現だ、下

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森茉莉「恋人たちの森」

森茉莉氏の「恋人たちの森」冒頭に置かれた詩篇。
筆者は男性同士の同性愛を扱う作品には疎いが、いわゆる抱く側がこの詩を創ったギドウ(義童)、抱かれる側がパウロ(巴羅)で当っているだろうか、本作は彼らの恋愛模様を豪奢な文体で描き出した短編である。 

この二人の特徴について見ていきたい。
ギドウは、

「バスチィユ牢獄」―バスティーユ牢獄。ここへのパリ民衆の襲撃が一般にフランス革命の開始と言われる。

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現代日本文学とかを読む③古井由吉「われもまた天に」ほか一冊

古井由吉「われもまた天に」。三作の短編と遺稿からなる短編集だが、今回は三作の短編のみ扱いたい。理由は後述する。

〈春の雛〉

始まりの文章は「二月四日は立春にあたった。」二十四節気の一つで、暦の上では春ということになる。
ここから話は時間と空間を越え、自由に流れ出すいつもの古井氏の作風になる。一応大枠だけ拾うと、
1.入院→2.退院→3.救急車の音についての随想→4.とある老人の話→5.旅の話→

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現代日本文学を読む②今村夏子「星の子」ほか一冊

今村夏子氏の「星の子」。まず装画が美しい小説だ。植田真氏―絵本のイラストを数多く担当していらっしゃる方によるもの。
水彩の山々の上を流れ星が一つ流れ、その上に星空が広がっている。寒色でまとめられた奥行きのある風景画だ。

ただ、この美しい風景の印象に騙されてはいけない。というのは本作には「うっすらした気持ち悪さ」が常に広がっている。普通といえば普通の世界だが何かおかしい。この点、恐怖の対象が鮮明な

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現代日本文学を読む①中村文則「教団X」

中村文則「教団X」。分厚い小説で計567ページもある。
ただ、これだけで読む気を失わないでほしい。実際読むと思ったより楽に読める、気楽に聞いてほしい。

まず本作は、古今東西繰り返されてきた善VS悪の構図を持つ小説だ。
善の代表格が松尾さん(松尾正太郎)。悪の代表格が沢渡。それぞれ宗教団体を持っている。
この二人さえ掴んでおけば覚えるのは男が二人と女が一人だけ。
まず最重要人物に当たる男が高原。彼

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最近読んだ本

「はつなつみずうみ分光器」瀬戸夏子編著。二〇〇〇年代以降に出版された歌集を約三十ほど収録した短歌アンソロジー。
そのなかに異質な歌風の歌人がいたので紹介したい。

排卵日小雨のように訪れて手帳のすみにたましいと書く 山崎聡子作

その他の歌も列挙する。

真夜中に義兄の背中で満たされたバスタブのその硬さを思う

義兄と見る「イージーライダー」ちらちらと眠った姉の頬を照らせば

「秘密ね」と耳打ちを

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最近読んだ本

コーマック・マッカーシー「ブラッド・メリディアン―あるいは西部の夕陽の赤―」副題の通り西部劇の形式を借りた小説。
あらすじ:19世紀半ばのアメリカが舞台。14歳で家出した主人公の少年は各地を放浪した末グラントン大尉率いるインディアン討伐隊に加わった。そこには異様な思想を持つ大男のホールデン判事がいる。部隊は容赦ない殺戮を続けていき―『文庫裏/あらすじ要約』

この小説の目玉は(恐らく)ホールデン判

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最近読んだ本

池澤夏樹「短編コレクションII」から三篇。

サルマン・ラシュディ「無料のラジオ」。
あらすじがなかなか衝撃的だった。
無料のラジオを貰うため断種手術を受けた、俗っぽい未亡人に惚れている青年の話なのだ。
この一部は実話である。
インディラ・ガンディー首相―いわくインド版サッチャーとも呼ばれたこの首相が、実際にインドで断種政策を実行したらしい。
国家による人口抑制政策として中国の一人っ子政策は有名だ

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最近読んだ本

コーマック・マッカーシー「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」。
あらすじ。「ヴェトナム帰還兵モスはメキシコ国境付近で麻薬密売人が殺された現場に遭遇する。モスは大金が入った鞄を持ち逃げするも非情な殺し屋シガーが追ってくる。必死の逃亡劇の行方は。」
タイトルは「ここは老人たちの住める国ではない」、現在のアメリカの状況を比喩として語ったものだと聞く。元はイェイツの詩。
主要人物は三人。モスは何の

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