綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡く…

綾部理

不思議な話、優しい話、が好きです。仏教とか、民俗とか、歴史とか、に興味があります。亡くなった息子(猫)をずっと愛しています。

記事一覧

しきから聞いた話 184 施餓鬼

「施餓鬼」 「すごく怖くて、でも、なんだか哀しげなもの達が、いたんです」  住職の横に座った初老の女性は、ひざの上で重ねた指先を見つめながら、ぽつり、ぽつりと話…

綾部理
2週間前
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しきから聞いた話 183 かなしみの棘

「かなしみの棘」  犬を見てほしい、と連絡がきたときは、どんな珍しい案件かと、少しわくわくした。  なにしろ彼女は、野生動物の保護などに関わる獣医師で、犬につい…

綾部理
1か月前
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しきから聞いた話 182 立春の小鬼

「立春の小鬼」  毎年の開花を楽しみにしている梅が、散歩道にある。  天満宮の鳥居の下に植えられて、おそらく100年は経っているだろう。今年も順調につぼみが膨らみ…

綾部理
3か月前
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しきから聞いた話 181 小さな龍

「小さな龍」  湖のほとり、少し岩場のようになったところに、小祠が祀られていた。  知る人ぞ知る、という言われ方をすることも多く、たしかに遠方から拝みに来る人も…

綾部理
3か月前
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しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

「気弱なほとけ」  その家では代々、家の仏壇に入る者達はみな、三回忌までは成仏しない、と言われてきた。  成仏、する。  では、成仏とは何か。 「なんだろうねぇ。…

綾部理
4か月前
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しきから聞いた話 179 想い雪虫

「想い雪虫」  古い山城の跡に立つ山桜の葉が色づいて、もう半分ほども落ちている。  この数日の朝晩はめっきり冷え込んで、北の空にかかる鈍色の雲は、いまにも雪を降…

綾部理
5か月前
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しきから聞いた話 178 地下鉄

「地下鉄」  数年ぶりに訪れた都市で、地下鉄に乗った。  もう半世紀以上も走り続ける路線で、駅の改札も、構内も、車輌も、ずいぶんと古びた印象を受ける。久しぶりだ…

綾部理
5か月前
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しきから聞いた話 177 八の字の眉

「八の字の眉」  夏に熱中症で倒れたご隠居が、いよいよ老衰で危ないというので、見舞いに出かけた。  もう90もなかばで、あちこちが弱っている。それでも頭はまだし…

綾部理
5か月前
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しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

「北を待つ鴨」   収穫を終えた田んぼの横の水路に、一羽の鳥がいた。  光沢のある緑色の頭、黄色いくちばし。  マガモのオスだ。   そういえば昨年も、今頃にやっ…

綾部理
5か月前
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しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

「器物たちの蔵」  明け方、枕辺に見知らぬ女が立った。  目覚めていたから、いわゆる夢枕ではない。ようやく東の空がほのかに明けたくらいで、部屋は暗い。もしや鬼の…

綾部理
6か月前
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しきから聞いた話 174 お迎え

「お迎え」  駅から歩いて30分ほどの畑の中に、ぽつんと一軒、今は住む人のない古い家が建っている。  あるじは丁度一年前、秋晴れの下で天に還った。生きていれば今…

綾部理
6か月前
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しきから聞いた話 173 跡目の仔

「跡目の仔」  神社の前を通りかかったとき、中から言い争うような声がした。 「早くから修行を始めないと、この子のためにならない」 「そんなこと、させるもんかい」 …

綾部理
6か月前
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しきから聞いた話 172 お喋り金木犀

「お喋り金木犀」  入院していた知人が、退院すると連絡をくれた。  出産のための入院で、逆子なので帝王切開をした。その後数日、退院の予定が延びたのだが、もう心配…

綾部理
6か月前
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しきから聞いた話 171 じいさま獅子

「じいさま獅子」  知人が住職をしている寺を訪ねた。  駅から歩くと30分ほど。そこに山門があるのだが、そこからさらに石段を二百ほど上がらなければならない。裏手…

綾部理
7か月前
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しきから聞いた話 170 萩の道

「萩の道」  駅からまっすぐ延びた通りを10分ほど歩き、左へ入ってしばらく行った突き当りに、古い寺がある。  日頃は訪れる人がほとんどいないが、秋口になるとにぎわ…

綾部理
7か月前
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しきから聞いた話 169 涙花草

「涙花草」(なはなくさ)  涙花草、というものがある。  草、というからには、植物だろうと思われるが、実際何なのかは知らない。実物を見たのは、これまでで2度。秋…

綾部理
7か月前
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しきから聞いた話 184 施餓鬼

しきから聞いた話 184 施餓鬼

「施餓鬼」
「すごく怖くて、でも、なんだか哀しげなもの達が、いたんです」

 住職の横に座った初老の女性は、ひざの上で重ねた指先を見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し続けた。

「父は、24歳で南方から復員したんだそうです」
「戦友がたくさん死んで、父も死にそうになったって」
「ガリガリに痩せて、でも、帰って来られたんだって」

 父親の結婚は遅く、女性が生まれたのは、父が43歳のときだった。

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しきから聞いた話 183 かなしみの棘

しきから聞いた話 183 かなしみの棘

「かなしみの棘」
 犬を見てほしい、と連絡がきたときは、どんな珍しい案件かと、少しわくわくした。

 なにしろ彼女は、野生動物の保護などに関わる獣医師で、犬についても知識は豊富だ。あるいは、生きている犬ではないのか、と考えもしたが、とにかく訪ねてみると、予想に反してとても日常的な、けれど痛ましい話であった。

「未緒は、犬と暮らすのをすごく楽しみにしていたの。でも、初めてにしては、ハードルが高すぎ

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しきから聞いた話 182 立春の小鬼

しきから聞いた話 182 立春の小鬼

「立春の小鬼」
 毎年の開花を楽しみにしている梅が、散歩道にある。
 天満宮の鳥居の下に植えられて、おそらく100年は経っているだろう。今年も順調につぼみが膨らみ始めていた。

 立春の朝、もう遠目にも春が萌している。さて咲いてはいないものかと近付いていくと、梅の根元に、中型犬くらいの大きさの、何かがいた。

「まあまあ、そう、へこまずに。おまえがよく働いたということじゃないか」

 これは梅の声

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しきから聞いた話 181 小さな龍

しきから聞いた話 181 小さな龍

「小さな龍」
 湖のほとり、少し岩場のようになったところに、小祠が祀られていた。

 知る人ぞ知る、という言われ方をすることも多く、たしかに遠方から拝みに来る人もいる。地域の昔話では、湖の成り立ちと共に語られており、小さく質素な小祠ではあるが、歴史は古い。

 ここには、龍神が祀られていた。
 ときおり姿を見かけるし、数回は話しをしたこともある。青磁の冴えた輝きを放つ、美しいうろこの龍だ。

 こ

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しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

しきから聞いた話 180 気弱なほとけ

「気弱なほとけ」
 その家では代々、家の仏壇に入る者達はみな、三回忌までは成仏しない、と言われてきた。

 成仏、する。
 では、成仏とは何か。

「なんだろうねぇ。なんか、姿を見せなくなると、成仏したって言うよね」

 仏壇の前であぐらをかいた長男が、そう言った。

「あら、私はおばあちゃんから、この家の先祖はみんなのんびりしてるから、仏さまになるのに時間がかかるって聞いたわよ。仏さまになって、

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しきから聞いた話 179 想い雪虫

しきから聞いた話 179 想い雪虫

「想い雪虫」
 古い山城の跡に立つ山桜の葉が色づいて、もう半分ほども落ちている。

 この数日の朝晩はめっきり冷え込んで、北の空にかかる鈍色の雲は、いまにも雪を降らせそうに重かった。

 季節が動き、最初に降る雪は、なるべくこの山城の跡で迎えることにしていた。特に、親しい人を見送った年は、想いのかけらを受け取りに行く。
 しかし、親しい人とはどのような人か。気がつけばこのところ毎年、ここに来ている

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しきから聞いた話 178 地下鉄

しきから聞いた話 178 地下鉄

「地下鉄」
 数年ぶりに訪れた都市で、地下鉄に乗った。

 もう半世紀以上も走り続ける路線で、駅の改札も、構内も、車輌も、ずいぶんと古びた印象を受ける。久しぶりだから、余計にそう感じるのかもしれないが、ホームに立って壁を見ると、何ヶ所も水がしみ出していて、やはり経年劣化だろうと思う。
 なんとなく、天井が低い。
 なんとなく、照明が暗い。
 生き物と同様、鉄道も駅も、年を取っていくのだろう。

 

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しきから聞いた話 177 八の字の眉

しきから聞いた話 177 八の字の眉

「八の字の眉」
 夏に熱中症で倒れたご隠居が、いよいよ老衰で危ないというので、見舞いに出かけた。

 もう90もなかばで、あちこちが弱っている。それでも頭はまだしっかりしたもので、床の中で穏やかな笑顔を見せてくれた。

「体に、なんだか力が入らんで、もう、お迎え待つだけかなぁて」
「なに言ってんの。もちょっと頑張って。よりちゃんの赤ん坊の顔、見なきゃねぇ」

 枕辺に座った娘が、気楽な口調で励ます

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しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

しきから聞いた話 176 北を待つ鴨

「北を待つ鴨」 
 収穫を終えた田んぼの横の水路に、一羽の鳥がいた。

 光沢のある緑色の頭、黄色いくちばし。
 マガモのオスだ。 

 そういえば昨年も、今頃にやって来た。昨年は確か、もっと紅葉が早かったのではなかったか。思えば一昨年も、ここでこのマガモを見た覚えがある。

 毎日ではないが、よく通る道だ。この水路は幅が広く、ちょっとした小川のようで、景色が良い。カモという鳥は、なぜか水辺の風景

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しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

しきから聞いた話 175 器物たちの蔵

「器物たちの蔵」
 明け方、枕辺に見知らぬ女が立った。

 目覚めていたから、いわゆる夢枕ではない。ようやく東の空がほのかに明けたくらいで、部屋は暗い。もしや鬼のような面構えなら見たくないな、とじっとしていると、あちらも立ったままで動かない。しばらくそうしていて、なんだか我慢くらべも馬鹿らしくなったので、床から起きると、いきなり女と目が合った。

「ごめんくださいませ」

 いまさらな挨拶だ。

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しきから聞いた話 174 お迎え

しきから聞いた話 174 お迎え

「お迎え」
 駅から歩いて30分ほどの畑の中に、ぽつんと一軒、今は住む人のない古い家が建っている。

 あるじは丁度一年前、秋晴れの下で天に還った。生きていれば今年が古希の祝いで、少し離れた市街に住む子や孫に囲まれ、幸せに過ごしていたはずだ。
 子も孫も、あるじが大好きだった。そして、あるじだけでなく、あるじと共にいつもいた、たくさんの生き物達が大好きだった。

「あぁ、すみません。お待たせしまし

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しきから聞いた話 173 跡目の仔

しきから聞いた話 173 跡目の仔

「跡目の仔」
 神社の前を通りかかったとき、中から言い争うような声がした。

「早くから修行を始めないと、この子のためにならない」
「そんなこと、させるもんかい」
「何を、罰当たりな」
「おまえのバチなんざ怖くないわ」

 きいきいとした声は、どうやら常のものではなく思われたので、のぞいてみることにした。

「この有難いお話しを」
「なにが有難いもんか」
「あ、」
「きゃっ」

 小さな、茶色いも

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しきから聞いた話 172 お喋り金木犀

しきから聞いた話 172 お喋り金木犀

「お喋り金木犀」
 入院していた知人が、退院すると連絡をくれた。

 出産のための入院で、逆子なので帝王切開をした。その後数日、退院の予定が延びたのだが、もう心配ないということだった。

 結婚前から、夫婦ともに付き合いがあったので、結婚後も気安く、しばしば互いに行き来していた。今回は、安産守りを引き取り、ひとり増えた家族全員の健康守りを渡すために、訪ねる約束をしていた。

 聞いていた時刻より早

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しきから聞いた話 171 じいさま獅子

しきから聞いた話 171 じいさま獅子

「じいさま獅子」
 知人が住職をしている寺を訪ねた。

 駅から歩くと30分ほど。そこに山門があるのだが、そこからさらに石段を二百ほど上がらなければならない。裏手に車の通れる山道があって、たいていの人はそちらで上の駐車場まで行くようだ。けれど、山門をくぐって、歩いて上がるのは好いものだ。一歩、一歩と歩いていくことで、境内の空気に馴染んでいくような気持ち良さがある。

「いらっしゃい。やっぱり、歩い

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しきから聞いた話 170 萩の道

しきから聞いた話 170 萩の道

「萩の道」
 駅からまっすぐ延びた通りを10分ほど歩き、左へ入ってしばらく行った突き当りに、古い寺がある。
 日頃は訪れる人がほとんどいないが、秋口になるとにぎわいをみせる。そこは、萩の寺として知られているのだ。

 山門の手前から本堂にかけて、歩けば5分もかからない距離だが、大人の背丈ほどまで伸びた萩が、次から次へと花を咲かせるので、なかなか野趣に富んだ好い景色となる。ほとんどが赤紫の花だが、中

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しきから聞いた話 169 涙花草

しきから聞いた話 169 涙花草

「涙花草」(なはなくさ)
 涙花草、というものがある。

 草、というからには、植物だろうと思われるが、実際何なのかは知らない。実物を見たのは、これまでで2度。秋明菊にそっくりだった。
 秋明菊は、キクと名につくが菊ではない。涙花草も、草とつくが植物ではないかもしれない。
 水のきれいな沢のあたりにあるというが、見たのは鉢に植えられていた。切って水に差してもよいのだと聞いた。

 心が壊れそうなく

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