記事一覧

とりあえず西を目指して日本海に着いた

ゴールデンウィーク後半戦、 4日間の休み、金土日月。 仕事が終わってじっくり寝て、 金曜の昼に起きた。 とりあえず始めた部屋の掃除もひと段落して、 これから4日間ど…

ヒゲ
4日前
5

もっと身勝手で非効率でもいい

会社を辞めてフリーターになり、 転職して働き出してから数ヶ月が経った。 人間とは慣れるもので、 仕事をしていることがデフォルトになり、 平日は仕事をして、土日休ん…

ヒゲ
5日前
8

アナザートレインじゃなくて、ネクストトレインだったなあ

東京に住んでいると時々、 外国人観光客に声をかけられることがある。 例えば、この電車は〇〇に行くのか?というような具合で聞かれることが多い。 そういう時、僕はその…

ヒゲ
5日前

ポケモン銀への偏愛

僕にはかれこれ20年遊んでいるゲームがある。 ポケモン銀だ。 結論、これ以上好きになったゲームが見つからなかった。 思い出補正込みで、おそらくこの先も無いだろう。 …

ヒゲ
4週間前
4

山手線右上エリアのお一人様おすすめスポット

僕は就職に合わせて上京し、 山手線の上の方、駒込駅と田端駅の中間地点あたりに1年半住んでいた。 地方に住んでいた僕は、駒込と田端という名前すら聞いたことすらなかっ…

ヒゲ
1か月前
1

あの苦しみは、自分にしか分からない

僕は未経験から入った体育会系SIerを1年半で辞めた。 辞めてみると、1年半って短いとか、 続けてる同期との感覚のズレとか、 大学の友達との会話に入っていけなかったり、…

ヒゲ
1か月前
1

1人は嫌だけど、好きじゃない人とは一緒に居たくなかった

このタイトルは、めんどくさい人が言いがちな「何でもいいって言ったけどそれは嫌」という言葉の感覚とほぼ同じだと思う。 高校生の時、友達が作れず3年間のほとんどを1人…

ヒゲ
1か月前
1

弱いままで強くなりたい

傷つきやすく、考えすぎてしまう。 いわゆる繊細なタイプが僕だ。 HSP診断を受けると中度のHSPだった。 僕の繊細さは母譲りで、 母も繊細で傷つきやすく、様々な要因はあ…

ヒゲ
1か月前
4

もし大学行ってなかったらどうなってただろう

人生の分岐点というのがある。 僕にとっては、大学入学が一番大きな人生の分岐点だったと思う。 僕は中学校まで勉強ができるタイプだった。 今思えば暗記が得意で苦になら…

ヒゲ
1か月前
4

ボルダリングを1ヶ月で辞めた

大学生の頃ボルダリングを始め、1か月で辞めた。 まず、何か趣味を始めたいと思う時、運動をしたいけど何か手軽にしたいものはないかな、と思っていた。 そしてボルダリ…

ヒゲ
1か月前
9

高校生3年間、3畳の部屋で一人暮らしをしていた。

僕は県外の高校に進学したため、 下宿で一人暮らしをしていた。 そこは学生限定の築50年以上のとても趣のあるアパートだった。 趣がありすぎて火災報知器すら付いてなくて…

ヒゲ
1か月前
2

不良に暴力を受けていた

僕は中学3年の頃、 時折不良に絡まれて、暴力を受けることがあった。 きっかけは、中学3年になってすぐの頃だった。 僕が通っていた中学校は僕が2年生の時に休校になった…

ヒゲ
1か月前
1

松山のお一人様専用スポット

僕は高校生の頃、松山の高校に通うために松山で一人暮らしをしていた。 もう10年近く前になるのかと思うと、もうそんなに経ったのかと思うが、 懐かしさもあるので思い出の…

ヒゲ
2か月前
4

僕の家は地デジ化できなかった

僕の母はテレビ反対派で、僕が小さい時からテレビの報道やバラエティの雰囲気に懐疑的だった。 僕はお笑い番組やドラマは好きだったから普通によく見ていた。 めちゃイケや…

ヒゲ
2か月前
1

珈琲屋のバイトを3ヶ月でクビになった

僕は大学生のころ、バイトの面接に落ちまくっていた。 塾講師、喫茶店、本屋、雑貨屋など、 累計で6回くらい落ちた。 面接では真面目に話していたが、 緊張していてぎこち…

ヒゲ
2か月前
5

ぼっちだった高3秋の自己分析日記

スマホに残っていたメモを検索していたら、 たまたま、高校3年生の10月の日記が出てきた。 クラスに馴染めず受験勉強もうまく行っていない僕は、絶賛悩みの渦中にいるはず…

ヒゲ
2か月前
1
とりあえず西を目指して日本海に着いた

とりあえず西を目指して日本海に着いた

ゴールデンウィーク後半戦、
4日間の休み、金土日月。

仕事が終わってじっくり寝て、
金曜の昼に起きた。

とりあえず始めた部屋の掃除もひと段落して、
これから4日間どう過ごそうか迷った。

ゴールデンウィーク前半は、
祖父のいる名古屋に帰っていた。

もう一回名古屋に帰るか。
しかし、交通費はかかるしもう一度行くほどやることもない。

何を本当はしたいのかを考えた。

すると、地元の高知に帰って

もっとみる

もっと身勝手で非効率でもいい

会社を辞めてフリーターになり、
転職して働き出してから数ヶ月が経った。

人間とは慣れるもので、
仕事をしていることがデフォルトになり、
平日は仕事をして、土日休んで、また仕事に行く、というサイクルが当たり前になった。

長い休みになり、少し仕事から離れると気づくことがあった。

それは、会社員に戻ってからというもの、
毎日のほとんど全てにおいて最大効率を目指し、周りに配慮した行動を取るようになっ

もっとみる

アナザートレインじゃなくて、ネクストトレインだったなあ

東京に住んでいると時々、
外国人観光客に声をかけられることがある。
例えば、この電車は〇〇に行くのか?というような具合で聞かれることが多い。

そういう時、僕はその人達と何の関係も無いはずなのに、
「めちゃめちゃ正確な情報を伝えて助けになりたい」と思ってしまう。

あと、「自分の伝えた情報が間違っていたせいで、むしろ相手に損をさせてしまう」ということを避けたいと思ってしまう。

だけど、
自分の英

もっとみる

ポケモン銀への偏愛

僕にはかれこれ20年遊んでいるゲームがある。
ポケモン銀だ。

結論、これ以上好きになったゲームが見つからなかった。
思い出補正込みで、おそらくこの先も無いだろう。

出会いはたしか幼稚園年長くらいだったと思う。
僕には歳の離れた兄がいて、兄がプレステに移行したことで遊ばなくなったゲームボーイを勝手にやり始めていた。

当時は何も分からず、
コガネシティからウバメの森を通ってヒワダタウンに着いた時

もっとみる
山手線右上エリアのお一人様おすすめスポット

山手線右上エリアのお一人様おすすめスポット

僕は就職に合わせて上京し、
山手線の上の方、駒込駅と田端駅の中間地点あたりに1年半住んでいた。

地方に住んでいた僕は、駒込と田端という名前すら聞いたことすらなかった。
東京に住んでいたとしても、駒込と田端で降りるなんて人はかなりレアじゃないだろうか。

会社でうまくいかず病んでいた僕は、
休みの日はよく山手線に乗ってフラフラと出かけていた。

1人で東京の右半分あたりを放浪したいという人は参考に

もっとみる

あの苦しみは、自分にしか分からない

僕は未経験から入った体育会系SIerを1年半で辞めた。

辞めてみると、1年半って短いとか、
続けてる同期との感覚のズレとか、
大学の友達との会話に入っていけなかったり、
勝手に後ろめたさを感じたりもした。

喉元過ぎれば熱さを忘れる。
今は、思い出そうとしなければ当時の感覚は思い出せない。

でも、何がそんなに辛かったのか、
それは自分にしか分からないから、思い出してみようと思う。

まず、毎日

もっとみる

1人は嫌だけど、好きじゃない人とは一緒に居たくなかった

このタイトルは、めんどくさい人が言いがちな「何でもいいって言ったけどそれは嫌」という言葉の感覚とほぼ同じだと思う。

高校生の時、友達が作れず3年間のほとんどを1人で過ごした。

ただ、3年間ずっと1人きりで過ごしていた訳ではない。

時々、クラスの隅っこで常に寝たフリをしていた僕に近付いてくる人もいた。

前提として、僕は傲慢さと未熟さが入り混じっていた痛々しい奴だった。
そもそも性格が良い訳で

もっとみる

弱いままで強くなりたい

傷つきやすく、考えすぎてしまう。
いわゆる繊細なタイプが僕だ。
HSP診断を受けると中度のHSPだった。

僕の繊細さは母譲りで、
母も繊細で傷つきやすく、様々な要因はあったのだろうが、継続して働くことができず、
今は社会との接点をほとんど持たずに生活している。

僕は母に似ている。
繊細で考えすぎるから、いつも思考がいっぱいになり、
マルチタスクをすると能率が一気に下がる。
受け取れる情報の上限

もっとみる

もし大学行ってなかったらどうなってただろう

人生の分岐点というのがある。
僕にとっては、大学入学が一番大きな人生の分岐点だったと思う。

僕は中学校まで勉強ができるタイプだった。
今思えば暗記が得意で苦にならないだけで、頭が良いというわけでは無かったのだろうが、
僕は自分が勉強ができることをアイデンティティにしていた。

高校に入り、僕は成績が落ちた。
勉強しても分からないことや、暗記ではどうにもならないことが沢山あって、
僕は勉強ができる

もっとみる

ボルダリングを1ヶ月で辞めた

大学生の頃ボルダリングを始め、1か月で辞めた。

まず、何か趣味を始めたいと思う時、運動をしたいけど何か手軽にしたいものはないかな、と思っていた。

そしてボルダリングなら、運動もできて1人でも黙々と気軽にやれるんじゃないかと思った。
あと筋トレにもなるというから、幼い頃からあったガリガリコンプレックスの解消にもなると思った。

僕は小さい頃から近所の山に登って遊んでいてたから、ボルダリングには謎

もっとみる

高校生3年間、3畳の部屋で一人暮らしをしていた。

僕は県外の高校に進学したため、
下宿で一人暮らしをしていた。

そこは学生限定の築50年以上のとても趣のあるアパートだった。
趣がありすぎて火災報知器すら付いてなくて消防法か何かの法律に引っかかったりしていた。

その趣あるアパートの中でも最も安く最も狭い部屋に僕は3年間住んでいた。
3畳の部屋で家賃は1万だった。

トイレ、洗濯機、洗面所、キッチン全て共用。
風呂は風呂桶が壊れていてシャワーのみ

もっとみる

不良に暴力を受けていた

僕は中学3年の頃、
時折不良に絡まれて、暴力を受けることがあった。

きっかけは、中学3年になってすぐの頃だった。
僕が通っていた中学校は僕が2年生の時に休校になった。過疎化が原因で、市内5つの学校が統合した。

統合した学校は、荒れに荒れていた。
思春期真っ只中の子どもには統合による環境の変化は刺激が強かったのか、
混乱に乗じた興奮か、
原因はよく分からないけど、とにかく荒れた。

学年で数人の

もっとみる

松山のお一人様専用スポット

僕は高校生の頃、松山の高校に通うために松山で一人暮らしをしていた。
もう10年近く前になるのかと思うと、もうそんなに経ったのかと思うが、
懐かしさもあるので思い出の場所を少し紹介する。

金も友達もいない未成年が行ける場所というのは限られているが、
もしフラッと1人で松山に訪れて、あまりお金を使わずにフラフラしたい時は参考にしてほしい(多分そんな奇特な人はいない)

◆ 道後温泉 椿の湯

僕は松

もっとみる

僕の家は地デジ化できなかった

僕の母はテレビ反対派で、僕が小さい時からテレビの報道やバラエティの雰囲気に懐疑的だった。
僕はお笑い番組やドラマは好きだったから普通によく見ていた。
めちゃイケやレッドカーペット、ライアーゲームなど、食い入るように番組を見て、次の日には学校で友達とテレビの話題で盛り上がっていた。

転機は2011年の7月に訪れる。
「地デジ化」の到来である。

アナログ放送が終了し、地上デジタル放送に移行するため

もっとみる

珈琲屋のバイトを3ヶ月でクビになった

僕は大学生のころ、バイトの面接に落ちまくっていた。
塾講師、喫茶店、本屋、雑貨屋など、
累計で6回くらい落ちた。

面接では真面目に話していたが、
緊張していてぎこちなく、
コミュ力が低そう(実際に低い)に見られていた僕は、
接客業に向いていないと判断されていた。

だからいつもお金がなくて、
面接のないバイトをせざるを得なかった。
夏休みに1ヶ月住み込みのバイトをしたり、
日雇いをしたりしていた

もっとみる

ぼっちだった高3秋の自己分析日記

スマホに残っていたメモを検索していたら、
たまたま、高校3年生の10月の日記が出てきた。

クラスに馴染めず受験勉強もうまく行っていない僕は、絶賛悩みの渦中にいるはずだが、
自分なりに3年間を振り返って色々と悟ったようで、達観したことを書いていた。
もうこの当時から何年も経って、もうほとんど他人事みたいな感覚になってて、当時のような熱量で文章が書けない。
まあだからこそこうして文章書いてnoteに

もっとみる