藤原

文章。映画を学び、小説を書いています。文芸誌「空地」に参加しています。 連絡先fuji…

藤原

文章。映画を学び、小説を書いています。文芸誌「空地」に参加しています。 連絡先fujiwara.takahiro2477@gmail.com

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    参加している同人誌「空地」に寄せている原稿です。

記事一覧

プールサイド(短編小説)

初夏の深夜、散った春の花々とかつての冬に落ちた枯葉の積もった五十メートルプールのサイドに僕は立っている。梅雨明けの掃除を待つプールは虫たちの棲家になっていて腐っ…

藤原
1日前
35

君の側に(短編小説)

すべての場所に行き終えた夜に、僕は細く長くそして深い湖の畔のベンチに座っている。 その木製のベンチはささくれ立っていて古いデニムに引っかかる。 ベンチに座る僕と…

藤原
7日前
5

モーニングコール(短編小説)

大型連休の中の平日の明るい雨天の夜明け頃だった。 昨日の夜に退屈すぎて二十時に寝たせいで早く目が覚めた僕は部屋の窓を開けて雨の音を聞きながらフォークナーの長編小…

藤原
7日前
4

中村一義『春になれば』が出た頃に(音楽レビューエッセイ)

桜の開花情報が出て、その情報は一分咲きから二分咲きに更新され、僕はそれを実際に確認することもできない日々の中で、目の前のことが落ち着いたら目黒川に行って桜でも見…

藤原
1か月前
17

2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影

僕は今、住む千葉のベッドタウンから新宿を挟んで等距離にある西東京の友人の家の友人の自室の端っこに座っている。 その椅子は普段は置かれていないらしく、僕のために友…

藤原
2か月前
8

2024.3.3 原稿とシーズー

何気ない一日だったからパソコンを持っていなかった。基本的な作業はパソコンで済むから隙間の時間などあればパソコンで何かすればいいのに、僕は、出来るだけ荷物を減らし…

藤原
2か月前
7

ロールキャベツとホットワイン(短編小説)

何処かの方角が少し明るい、そしてそれは仕事を終えたのだから西のはずだ、と僕が気付いたのは、雨戸を開けたままのアパートの薄暗がりの中にいたからだった。 君が帰って…

藤原
3か月前
9

郊外にて(短編小説)

一週間前に首都圏に降った雪は残雪になり、やがて溶け、後に春先の予感が残ると思われた。 確かに日中は労働者用のダウンは少し暑い、山田はネッグウォーマーを朝に玄関先…

藤原
3か月前
9

2023.12.20 うまトマチキン

特に問題のない午前中に、僕は鬱屈した全休だらけの毎日から抜け出そうと、前からイメージだけあった小説を書き始めたのだが、やはりイメージしかなかったものだから最初の…

藤原
5か月前
4

2023.11.27 池袋、夜

人と会う為だけに休日に外に出たのだが、会った友人は明日の朝が早いようで、別れ、僕はなんとなく帰る気にもなれず、繁華街を一人でほっつき歩いた。 馴染みの、刺激しか…

藤原
5か月前
10

アクアラインのような生活の中で。

ある秋晴れの、昨日より少し冷え込んだその朝に、僕はいつもはドリップするのに、珍しくコールドブリューのインスタントコーヒーを淹れて、飲んでいた。 貰い物の、開けた…

藤原
7か月前
3

2023.10.11 沈黙

もう涼しくなったその路地の行き止まった冷たい風が、それは爽風ではない、袖口に入り込み、僕の身体を冷やして、なんとなく、やはり火照っていたのかもしれない、と思う。…

藤原
7か月前
4

CDで音楽を聴いて思うこと。

新しいステレオを組んだ。 パワーアンプとCDプレイヤーとレコードプレイヤーをそれぞれで繋げて、ケーブルをスピーカーに繋いだ。 母方の祖父から、色々家のものを処分して…

藤原
8か月前
7

村上春樹私論〜『街と、その不確かな壁』で終わってはならない〜

村上春樹は我々の世代にとっては間違いなく最も読まれた純文学作家であり、読んでなくともその文体には影響を受けていると言っていい。 私自身小説を書く人間であるが、い…

藤原
9か月前
25

帰省記、ジョンレノンのスタンドバイミー

祖母が亡くなって、少しの間、父親の実家の広島へ帰ることになった。 祖母の葬式が終わり、火葬場まで大叔父の車に乗ると、大叔父の好きそうにない、ジョンレノンの「leno…

藤原
9か月前
7

近況と雑感。

夏休みに入ってからの長い撮影実習を終えた。 それだけは確かな疲労を抱えた、急行の通過を待つ各駅の電車内で、僕は色んなことにうんざりし、苛つきもしていた。 少なく…

藤原
9か月前
7
プールサイド(短編小説)

プールサイド(短編小説)

初夏の深夜、散った春の花々とかつての冬に落ちた枯葉の積もった五十メートルプールのサイドに僕は立っている。梅雨明けの掃除を待つプールは虫たちの棲家になっていて腐った匂いがする。一ヶ月もすれば子供たちが虫を取り、二ヶ月もすればその観察も忘れて嬌声と飛沫が上がる。街灯もクラクションも酷く遠く感じる。
僕は去年の夏の始まりから一ヶ月も生きられなかった夏祭りの金魚の死体を、この頃気温が上がったせいか水槽を密

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君の側に(短編小説)

君の側に(短編小説)

すべての場所に行き終えた夜に、僕は細く長くそして深い湖の畔のベンチに座っている。

その木製のベンチはささくれ立っていて古いデニムに引っかかる。

ベンチに座る僕と湖の間の落下防止の低木が植えられている。

それに雪が積もっている、と思ったら、それは初夏の季節の白いツツジが満開に咲いているだけだった。深い沈黙の夜にそれは薄くぼやけて見える。

 風の合間に湖畔に植えられた高木が音を立てるのを止めた

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モーニングコール(短編小説)

モーニングコール(短編小説)

大型連休の中の平日の明るい雨天の夜明け頃だった。

昨日の夜に退屈すぎて二十時に寝たせいで早く目が覚めた僕は部屋の窓を開けて雨の音を聞きながらフォークナーの長編小説を読んでいた。

年度末の新人賞の締切を終えて久し振りに読書するには骨のある小説で随分楽しい読書だったが、窓から流れ込んでくる東京の湿気と一九三十年代初頭に書かれた南北問題はまるで関係がなかった。

それは僕が十代の間に海外文学を好んで

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中村一義『春になれば』が出た頃に(音楽レビューエッセイ)

中村一義『春になれば』が出た頃に(音楽レビューエッセイ)

桜の開花情報が出て、その情報は一分咲きから二分咲きに更新され、僕はそれを実際に確認することもできない日々の中で、目の前のことが落ち着いたら目黒川に行って桜でも見たいな、と思っていた。

目黒川の花見は高校の近くだったこともあって、よく行った。

疫病が蔓延してからは売店などが無くなったらしい、今ではやっているのだろう、あの焼き鳥やイカ焼きを高校生の時は高くて買えなかった、しかし桜はその数年の間にも

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2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影

2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影

僕は今、住む千葉のベッドタウンから新宿を挟んで等距離にある西東京の友人の家の友人の自室の端っこに座っている。

その椅子は普段は置かれていないらしく、僕のために友人である彼が用意してくれたもので、キャンプ用の折り畳み椅子だ。

それは僕の家にあるものと構造は一緒で背もたれの動かし方も分かる。

だけれど、僕はその家にあるやつはキャンプに行ったことがないから家でのんびり煙草を吸ったり本を読んだりする

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2024.3.3 原稿とシーズー

2024.3.3 原稿とシーズー

何気ない一日だったからパソコンを持っていなかった。基本的な作業はパソコンで済むから隙間の時間などあればパソコンで何かすればいいのに、僕は、出来るだけ荷物を減らしたい、作業するなら僕の二階の角部屋で机に向かわなければならない、といった心持ちのせいで、大学にも持っていかなかったりする。

時刻はAM4:35で、それを確認する為の時計が何処にあるのか分からない、携帯の充電が切れそうで、座っている椅子の横

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ロールキャベツとホットワイン(短編小説)

ロールキャベツとホットワイン(短編小説)

何処かの方角が少し明るい、そしてそれは仕事を終えたのだから西のはずだ、と僕が気付いたのは、雨戸を開けたままのアパートの薄暗がりの中にいたからだった。

君が帰ってくるまでにかなり時間がある、君は最近はやっと見つけた医療系の職場でカルテが電子管理になる変更があるのでその業務に当たらなくてはならないと残業が続いている。

地方ではまだカルテを手書きだったのか、と僕は少し驚いたけれど、それを言うにも、君

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郊外にて(短編小説)

郊外にて(短編小説)

一週間前に首都圏に降った雪は残雪になり、やがて溶け、後に春先の予感が残ると思われた。

確かに日中は労働者用のダウンは少し暑い、山田はネッグウォーマーを朝に玄関先で少し迷った後に脱いだ自分の季節の感覚を正しいと思った。

首都圏から少し離れた、ベッドタウンとも言えない郊外の工場の警備員アルバイト、それは何時もの派遣会社の仕事ではなく、知り合いに頼まれた穴埋めの仕事だった。

穴埋めの仕事であること

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2023.12.20 うまトマチキン

2023.12.20 うまトマチキン

特に問題のない午前中に、僕は鬱屈した全休だらけの毎日から抜け出そうと、前からイメージだけあった小説を書き始めたのだが、やはりイメージしかなかったものだから最初の書き出しから漠然とした文章だけが上滑りしているように感じた。

結局二時間ほどパソコンの画面と睨めっこしていて、その間中、猫が僕の部屋をウロチョロしていて、僕の部屋着で爪研ぎをしたり窓枠に乗っては降りたりしていた。

結局猫に、うまく行かな

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2023.11.27 池袋、夜

人と会う為だけに休日に外に出たのだが、会った友人は明日の朝が早いようで、別れ、僕はなんとなく帰る気にもなれず、繁華街を一人でほっつき歩いた。

馴染みの、刺激しか脳がないと言われたらそうでしかないような、繁華街のラーメン屋で食事を取って、交差点脇にある自販機で缶コーヒーを買おうとした。

百四十円するそれに、なんとなく小さく嫌気が刺して、信号を渡り、その先の自販機は百十円で何時も飲んでいるやつがあ

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アクアラインのような生活の中で。

アクアラインのような生活の中で。

ある秋晴れの、昨日より少し冷え込んだその朝に、僕はいつもはドリップするのに、珍しくコールドブリューのインスタントコーヒーを淹れて、飲んでいた。
貰い物の、開けたばかりで、酸化していない、それ、は、目分量で多めに入れたのもあって、特に悪い味はしなかった。

今日は、中原中也の命日だ、と、新聞を見て思い出す。
彼の言葉の多くを昔の僕は意味も分からず暗記していて、今ではその多くを忘れてしまった。
血肉と

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2023.10.11 沈黙

もう涼しくなったその路地の行き止まった冷たい風が、それは爽風ではない、袖口に入り込み、僕の身体を冷やして、なんとなく、やはり火照っていたのかもしれない、と思う。

季節が変わる度に、その季節の振る舞い方を忘れている、気がする。

夏が終わって、学校が始まって、どこに行っても人がいて、教室のドアノブは冷たく重く、喧騒が僕を包み込んで、僕はやはりなんとなく笑顔を貼り付けたように笑っていて、もうこんなこ

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CDで音楽を聴いて思うこと。

CDで音楽を聴いて思うこと。

新しいステレオを組んだ。
パワーアンプとCDプレイヤーとレコードプレイヤーをそれぞれで繋げて、ケーブルをスピーカーに繋いだ。
母方の祖父から、色々家のものを処分していきたいのだが捨てるには勿体無いものだから音楽が好きな君に、と電話を貰ったので、部屋に置き場などないのに、欲しい、と返事をしたのだった。
僕が元々音楽を好きになった中学生ぐらいの時に中学生にしては立派なステレオを父親が買ってくれた。それ

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村上春樹私論〜『街と、その不確かな壁』で終わってはならない〜

村上春樹私論〜『街と、その不確かな壁』で終わってはならない〜

村上春樹は我々の世代にとっては間違いなく最も読まれた純文学作家であり、読んでなくともその文体には影響を受けていると言っていい。

私自身小説を書く人間であるが、いかに春樹でなく(同様に誰それの文体でなく)書くことが如何に難しいか考える。まずはそこからスタートしなければ作家たり得ない。だからこそ、一度春樹について考えなければならない。

村上春樹は団塊の世代であって、特にその学園紛争に幻滅したこと、

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帰省記、ジョンレノンのスタンドバイミー

帰省記、ジョンレノンのスタンドバイミー

祖母が亡くなって、少しの間、父親の実家の広島へ帰ることになった。

祖母の葬式が終わり、火葬場まで大叔父の車に乗ると、大叔父の好きそうにない、ジョンレノンの「lenon legend」がかかっており、しかし、あまりにも暑いのでエアコンの音で微かにしか聞こえなかった。
かかっていたのは「power to the people」で、少し笑った。
「stand by me」のカバーが流れた時、山の上の火

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近況と雑感。

近況と雑感。

夏休みに入ってからの長い撮影実習を終えた。

それだけは確かな疲労を抱えた、急行の通過を待つ各駅の電車内で、僕は色んなことにうんざりし、苛つきもしていた。

少なくとも今日は雨に濡れて帰って、暫くは何も考えずに暮らそう、それも出来るだけ長く、と考えた。

最寄りの人気のない小さな駅に降りると、屋根がないからすぐに傘をささなくては、と思っていたのだが、雨は止んでおり、僕は、濡れることも叶わないか、と

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