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プールサイド(短編小説)
初夏の深夜、散った春の花々とかつての冬に落ちた枯葉の積もった五十メートルプールのサイドに僕は立っている。梅雨明けの掃除を待つプールは虫たちの棲家になっていて腐った匂いがする。一ヶ月もすれば子供たちが虫を取り、二ヶ月もすればその観察も忘れて嬌声と飛沫が上がる。街灯もクラクションも酷く遠く感じる。
僕は去年の夏の始まりから一ヶ月も生きられなかった夏祭りの金魚の死体を、この頃気温が上がったせいか水槽を密
2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影
僕は今、住む千葉のベッドタウンから新宿を挟んで等距離にある西東京の友人の家の友人の自室の端っこに座っている。
その椅子は普段は置かれていないらしく、僕のために友人である彼が用意してくれたもので、キャンプ用の折り畳み椅子だ。
それは僕の家にあるものと構造は一緒で背もたれの動かし方も分かる。
だけれど、僕はその家にあるやつはキャンプに行ったことがないから家でのんびり煙草を吸ったり本を読んだりする
2024.3.3 原稿とシーズー
何気ない一日だったからパソコンを持っていなかった。基本的な作業はパソコンで済むから隙間の時間などあればパソコンで何かすればいいのに、僕は、出来るだけ荷物を減らしたい、作業するなら僕の二階の角部屋で机に向かわなければならない、といった心持ちのせいで、大学にも持っていかなかったりする。
時刻はAM4:35で、それを確認する為の時計が何処にあるのか分からない、携帯の充電が切れそうで、座っている椅子の横
ロールキャベツとホットワイン(短編小説)
何処かの方角が少し明るい、そしてそれは仕事を終えたのだから西のはずだ、と僕が気付いたのは、雨戸を開けたままのアパートの薄暗がりの中にいたからだった。
君が帰ってくるまでにかなり時間がある、君は最近はやっと見つけた医療系の職場でカルテが電子管理になる変更があるのでその業務に当たらなくてはならないと残業が続いている。
地方ではまだカルテを手書きだったのか、と僕は少し驚いたけれど、それを言うにも、君
郊外にて(短編小説)
一週間前に首都圏に降った雪は残雪になり、やがて溶け、後に春先の予感が残ると思われた。
確かに日中は労働者用のダウンは少し暑い、山田はネッグウォーマーを朝に玄関先で少し迷った後に脱いだ自分の季節の感覚を正しいと思った。
首都圏から少し離れた、ベッドタウンとも言えない郊外の工場の警備員アルバイト、それは何時もの派遣会社の仕事ではなく、知り合いに頼まれた穴埋めの仕事だった。
穴埋めの仕事であること
2023.12.20 うまトマチキン
特に問題のない午前中に、僕は鬱屈した全休だらけの毎日から抜け出そうと、前からイメージだけあった小説を書き始めたのだが、やはりイメージしかなかったものだから最初の書き出しから漠然とした文章だけが上滑りしているように感じた。
結局二時間ほどパソコンの画面と睨めっこしていて、その間中、猫が僕の部屋をウロチョロしていて、僕の部屋着で爪研ぎをしたり窓枠に乗っては降りたりしていた。
結局猫に、うまく行かな
2023.10.11 沈黙
もう涼しくなったその路地の行き止まった冷たい風が、それは爽風ではない、袖口に入り込み、僕の身体を冷やして、なんとなく、やはり火照っていたのかもしれない、と思う。
季節が変わる度に、その季節の振る舞い方を忘れている、気がする。
夏が終わって、学校が始まって、どこに行っても人がいて、教室のドアノブは冷たく重く、喧騒が僕を包み込んで、僕はやはりなんとなく笑顔を貼り付けたように笑っていて、もうこんなこ