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生きづらさを愛と光へ!NO.1〜

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愛と光の温かなnoteを綴っていきたいです。
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生きづらさを愛と光へ!NO.27 ゴールデンウィークに帰省した次男。

生きづらさを愛と光へ!NO.27 ゴールデンウィークに帰省した次男。

ゴールデンウィーク、短いようで長い、長いようで短いこの時間も昨日で終わったが、次男が今日まで休みを取っていたので、うちの場合、今日までだった。

娘はゴールデンウィークの間で、3日間、学校を休んだので、今日からは、行くと、数日前から言っていて、とは言え、行けるのか?と思っていたが、今日からちゃんと学校へも登校ができた。

今度の日曜日、体育祭があるのに、その前に学校へ行かないのは、流石にヤバいに決

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生きづらさを愛と光へ!NO.26 ゴールデンウィークに帰省した長男。

生きづらさを愛と光へ!NO.26 ゴールデンウィークに帰省した長男。

私の長男は、東海地方から、数時間かけて、車で帰ってきた。

途中、次男のいる九州圏内に寄り、飲みに行ったりして、泊まらせてもらったそう。

兄弟喧嘩は、子どもの頃は、しょっちゅうしていたが、大人になると、年に3回くらいしか会わないので、会うと冗談しか言ってないというくらい冗談が飛び交う。
じゃれあいにしか見えない。

今回のゴールデンウィークは次男と休みが合わないので、途中、次男のところにお邪魔し

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生きづらさを愛と光へ!NO.25 ただ心を穏やかに生きたいだけ。

生きづらさを愛と光へ!NO.25 ただ心を穏やかに生きたいだけ。

中3になった娘は、学年が上がった、始業式後の1週間ほど頑張って学校へ行ったが、力尽きたようにまた、学校をポツポツ休み始めた。

学年が上がり、初めは、担任の先生や、クラスが変わるために、それなりの緊張をしながら登校できた娘であった。

担任の先生は結局、3年間持ち上がりで、まだ30歳くらいの若い男性の先生である。
吃音がある娘に対する、先生なりの配慮かと思われる。

いつもならもっと吃音症状が現れ

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生きづらさを愛と光へ!NO.24 人生って、その道を歩いてると、人は何かしら迷い、考え、前に進むもの。

生きづらさを愛と光へ!NO.24 人生って、その道を歩いてると、人は何かしら迷い、考え、前に進むもの。

私は、人生やりたいことをいつも思いっきり、やってきました、後悔はありません。

なんて人が世の中、どれくらいいらっしゃるのだろうか。

もしいらっしゃったら、話を聞いてみたい。

先日、義母は、かかりつけの病院から、老健へ移動した。

今のご時世、病院での面会は、基本できないと言われたが、ただ、洗濯物を取りに行く時、たまたま、デイルームのところで、リハビリしていたり、ご飯を食べようとしている時は、

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生きづらさを愛と光へ!NO.23 とても狭い視野の世界で生きていた私が、何の境界線もなくなったと思う瞬間。

生きづらさを愛と光へ!NO.23 とても狭い視野の世界で生きていた私が、何の境界線もなくなったと思う瞬間。

私のやりたいことは、本当は決まっていて、本当は明確である。
しかしながら、それだけではやっていけないから困るのだろう。

私は今、突然介護から離れ、と言っても、義母は今、入院していて、数日後から介護老人保健施設にお世話になることが決まっている。

まだ、病院に洗濯物を取りに行ったり、持って行ったり、手続きしたり色々諸々あるにしても、家で義母を看ることは、今の所予定はしていない。

以前は介護を手放

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生きづらさを愛と光へ!NO.22 誰にだって、生きていくのが不安なる瞬間はあると思うが、考えたり、様子を見る時間をとることはとても大事なこと。

生きづらさを愛と光へ!NO.22 誰にだって、生きていくのが不安なる瞬間はあると思うが、考えたり、様子を見る時間をとることはとても大事なこと。

今の世の中、不安になることばかり…
と考えていると、本当にドツボにハマりそうだと自分自身思う。
元々私が持っている気質的な部分でもあるが、今はどちらかと言えば、そうではない。

53年も人生歩んでいると、そりゃ、色々有ります。
色々あるのが普通で、何もなく生きている人なんていないのだと思う。
当たり前と言えば当たり前…

50歳の時、奇跡的に自分のことを本当の意味で理解して下さった、素敵なカウンセ

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生きづらさを愛と光へ!NO.21 介護を手放すというタイミング。

生きづらさを愛と光へ!NO.21 介護を手放すというタイミング。

今年は私の中で、家族の中で、本当に色々なことが起こり過ぎるほど起こり、環境がガラッと変わりそうな勢いを見せている。

そこの状況で、ハッキリ言って悩んでいる暇はない。
言うならばそんな感じである。

義母が2月の末にショートステイ先から、市内の病院へ救急搬送され、2週間程して、元々かかりつけの病院へ転院となった。

転院の時は私1人で迎えに行き、どうにか転院したが、その時も、私が話しかけないと義母

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生きづらさを愛と光へ!NO.20  8年間携わった義母の介護は、私の手から離れ、私生活は変わりつつある。

生きづらさを愛と光へ!NO.20 8年間携わった義母の介護は、私の手から離れ、私生活は変わりつつある。

義母は今90歳、私は53歳であるが、義母は先月の24日、ショートステイ先で、胸が苦しくなり、酸素濃度も低く、一度は数値も上がったが、施設の方が救急車を呼び、病院へ搬送され入院となった。

最初の大きな病院では、心不全、肺炎になっている状態と、主治医の先生は仰った。

しかし、今すぐどうのということではないから、家族を集めてということでもありませんと。

かと言って、年齢も年齢ですので、急変しないと

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生きづらさを愛と光へ!NO.19 『経験は宝』『武器は走りながら拾え』『出逢い』『感謝』『ありがとう』『幸せ』

生きづらさを愛と光へ!NO.19 『経験は宝』『武器は走りながら拾え』『出逢い』『感謝』『ありがとう』『幸せ』

今、思いつくままに、今日の思いを、今日のnoteのテーマにしてみました。

今日は、うちの娘は今中学2年生で、在校生の立場ではあるのですが、お世話になったり、仲良く話したことがある先輩の卒業をお見送りしたいという気持ちのようですが、昨日の卒業式の予行練習から、今日の卒業式、そして数日前も登校ができた娘です。

いやいや、私ならそんなに休んだら、まず学校へ行く勇気がありません。

しかし娘は違ってい

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生きづらさを愛と光へ!NO.18 今を大切にしたい。

生きづらさを愛と光へ!NO.18 今を大切にしたい。

最近、あまりnoteを読んだり、投稿をしたりということが、日にもよるが、少しづつ、間隔が空いてきたような気がする。

とは言っても、私にとって、noteと向き合う時間は、とても大切で、癒しであり、学びであり、今の私はnote無しでは、語れない。

毎年思うことだけれど、春は暖かくて、嬉しいし、桜や色んな花も咲き誇り、感動することも多くなる。
春は嬉しいと言えば嬉しいのだけれど、それとは裏腹に、何だ

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生きづらさを愛と光へ!NO.17 今日は長男の26歳の誕生日! プラスおまけの話は53歳の私の最近のドジな話。

生きづらさを愛と光へ!NO.17 今日は長男の26歳の誕生日! プラスおまけの話は53歳の私の最近のドジな話。

今日、3月8日は、長男の26歳の誕生日。
長男は、目がパッチリしていて、夫似である。
それはあまり話に関係はないが、長男の話を書こうと思い、今パッと思い出したのがパッチリした目のことだった。

長男よ、26歳のお誕生日おめでとう!
今がいちばん楽しい20代、楽しんで生きて下さいね!

いやいや、それなりにほかの年代も楽しいかもしれないけど、若さはやっぱり20代、羨ましく思う。

今朝、あっ!今日は

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生きづらさを愛と光へ!NO.16 認知症は、不安を和らげる為の、神様からのギフト?

生きづらさを愛と光へ!NO.16 認知症は、不安を和らげる為の、神様からのギフト?

昨日、中2の娘と2人で、義母が入院している病院に行って、面会をした。

時間にして30分以内である。
少し前なら、面会すら出来なかっただろうに、この状態は恵まれている。

先月の27日の朝、シュートステイ先から救急車で搬送された義母。

鼻から酸素のチューブをつけていたが、昨日もその様子は変わらなかった。

背中を少し起こした状態で、寝ていた。

しばらくして起きて、わざと、こんにちは、と話しかけ

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生きづらさを愛と光へ!NO.15  90歳の義母が、肺炎と心不全状態で入院中。色々な想いが巡る・・・

生きづらさを愛と光へ!NO.15 90歳の義母が、肺炎と心不全状態で入院中。色々な想いが巡る・・・

先週の金曜日から、いつものように、ショートステイ先の施設へ、車で義母を送って行ったのだったが…

次の日の土曜日、本当は私は、福岡の大きなイベントに参加予定だったのだけれど、朝の5時頃、施設から、携帯に電話があった。

いつものように、目覚まし時計が鳴ったのだと思ったが、どうやら施設からの電話。

寝ぼけていたので気を取り直して、数分後施設に電話をかけた。

義母の息が苦しいらしく、酸素濃度の数値

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生きづらさを愛と光へ!NO.14 人の考えは常に変わっていき、行動に移すことは可能である。

生きづらさを愛と光へ!NO.14 人の考えは常に変わっていき、行動に移すことは可能である。

50年ほどの月日を自分の思うように行動できずに過ごしてきたが、いやいや、行動はそれなりにしないと生きれませんから〜なんですけど…

人には凸と凹がある訳で、凹凹ばっかりでは変化がない訳です。

私が凹凹の時、凸凸である回りの誰かに助けられてここまでやってこれました。

私は、40年もの月日を生きづらさに悩み、自分にモヤがかかった状態で過ごしてきました。

生きづらさからの悩みから卒業!と言っても、

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