マガジンのカバー画像

collection of touching novels

19
他クリエイター様の感銘の小説集。 (短編、中編、長編、連作等々)
運営しているクリエイター

記事一覧

短編小説 寂しいおじさんと二年後に死ぬ乙女

短編小説 寂しいおじさんと二年後に死ぬ乙女

 乙女に「おじさん」と渾名されるは快、「寂しい」まで添えられれば欣快の至りだ。こちらが独身独居とか俗世的交際ぎらいとか足腰の衰えとか公言せずとも嫋やかなる目は全部お見通しで、そんな時ほどその奥にシャーロック・ホームズばりの洞察力が冴ゆるを見るも心憎い。

「はいどうぞ」
「……先生なんか慣れてる」
「慣れてる?」
「スタバよく来るんですか?」
「たまにな」
「え~もっとあたふたするかと思ったのに~

もっとみる
あいいれぬ月

あいいれぬ月

愛していたから。
理由は、ただそれだけでした。
鬼は毎朝、毎晩、毎日、白い頬へ口付けを落とすのです。目を閉じたままの女は応えてはくれないけれど、鬼は気にしません。
何故って、女は死んでしまったのですから。鬼が、殺してしまったのですから。
"愛していたから"。ごく簡単な理由で、女は鬼に命を閉じられてしまいました。けれども、女は美しい寝顔で眠り続けています。鬼は、死してなおも気高い顔立ちの女を、深く愛

もっとみる
【短編小説】秋桜と落ち葉 #シロクマ文芸部

【短編小説】秋桜と落ち葉 #シロクマ文芸部

「秋桜って、なに?」

と、5歳の娘に聞かれる。秋と桜の漢字が読めるのかと驚きつつ、「それはコスモスって読むんだよ」とぼくは答える。娘が持っているのは、「秋桜」という曲の入ったCDだ。借りていたんだっけ、あの子に。とぼくは思い出す。

キタジマアキとぼくは、中学三年間だけの付き合いだった。恋人としての付き合いではなく、たまたまクラスがずっと同じだっただけ。だけど三年間ずっと、ふたりでクラス委員を務

もっとみる
【短編訳】 赤い部屋 (1894)

【短編訳】 赤い部屋 (1894)

「タイムマシン」や「透明人間」や「核兵器」の生みの親H.G.ウェルズによる深淵の怪談。

 私はグラス片手に暖炉のそばに立っていた。

「よっぽど幽霊らしい幽霊じゃないと、ぼくは怖がりませんよ」
「それは、あなた次第ですよ」

 ジイさんが横目で答えた。その手は腕までしわしわだ。

「28年の間、一度だってお目にかかったことありませんけどね」
「世間は広うございます。見たことないものも、悲しい話も

もっとみる
【小説】神の店じまい 上

【小説】神の店じまい 上

散って大地に還る花のような終わり方を。
死にゆく神の昔話。上下2本で終わります。

 血のように真っ赤な夕陽が透き通った白い毛を通り抜けていく。消えゆく自分にもまだ太陽の暖かみは感じられるのか。狐は口の端をゆがめて自嘲した。

「おい、いつまでそうしているつもりだ」

 低い声がかかり、獣の耳がぴくりと向いた。藪から現れたのは一匹の白蛇だった。鬼灯のような瞳がじいと社の前でうずくまる己を映す。

もっとみる
【小説】神の店じまい 下

【小説】神の店じまい 下

神の使いと誤解された狐は村の子ども、ちえに頼みこまれ成り行きで化け物退治をする羽目に。狐はその場限りの嘘で化け物退治をする気は全くなかったが――?

上記の話から続く死にゆく神の昔話。これで終わります。

「おきつねさま!」

 さてそろそろ移動しようと体を起こしたとき、ここにあるはずのない声が聞こえて、狐は目を丸くした。

「おい、なぜお前がここにいる」

 駆け寄ってきたのは家に帰ったはずの少

もっとみる
短編小説 暑気祓い

短編小説 暑気祓い

 おや、今日は電灯カバーに張り付いているのかい。昨日は浴槽まわりをぴょんぴょん跳ねていたのに、まさに神出鬼没だな。

 そんな天地のひっくり返ったままでいて、よく落ちないもんだね。ありがたいよ、手元にポトッてご登場をされると反射的に本ごとバチンと潰しちゃいかねないし。すんでのところで躱したきみと「脅かしっこは無し」って約束したの、もう去年か、早いなあ。

 ずいぶん静かにしているね、暑すぎてのぼせ

もっとみる
【中編小説】組曲

【中編小説】組曲

--------------------------------------------------

■ 1楽章

--------------------------------------------------

 そして気がつくと、ぼくは湖のほとりに立っていた。湖といっても向こう岸が見えないほど大きな湖だ。砂浜には小石や木片や枯草などが落ちていた。右を向くと少し離れたところに杉の木が1本

もっとみる
【短編小説】青の魔法

【短編小説】青の魔法

大嫌いだった故郷。それを変えたのは見知らぬ三人組と、ある光景。

前作「夏、いつもの始まりを」から緩くつながってますが、読まなくても読めます。

はあ、ホント面倒くさい。

電車の中で女はため息をついた。頬杖をついて外の景色を眺める。窓の外は先ほどからずっと代わり映えのしない木々が映っていた。

未だに板張りの床に一昔前のデザイン、申し訳程度の空調が回る車内。ガタゴトと使い古した部品が耳障りな音を

もっとみる
【小説】回想、あるはなについて(1) 山百合

【小説】回想、あるはなについて(1) 山百合

「不完全なワンダーランド」にでてきた妖怪はなの過去話。読んでいたほうが分かりやすいですが、少し文字数があるのでお暇なときにどうぞ。

妖怪と一人の少女の花にまつわる友情物語。

「ああ、もうこんな時期?」

着物姿の少女は足を止めた。鼠色の衣が風に揺れる。見渡す限り広がる田畑のあぜ道に赤い花がぽつぽつと咲いている。冠のような特徴的な花弁が空に向かって開いていた。

「はな様?」

少女の足元から成

もっとみる
【小説】回想、あるはなについて(2) 朝顔

【小説】回想、あるはなについて(2) 朝顔

前作「回想、あるはなについて(1) 山百合」の続きです。

「不完全なワンダーランド」にでてくる妖怪はなの過去話。

下級武士の娘、一女と知り合ったはなは見せたいものがあるから泊まりに来ないかと誘われたが、返事を保留にしていた。そんなとき仕えている影から新たな住処が見つかったとの報告がありそこに向かうことになる。

「ここがその村?」

ぐるりと見渡してはなは呟いた。点々と存在する茅葺屋根の家は埃

もっとみる
【小説】回想、あるはなについて(3) あんず 

【小説】回想、あるはなについて(3) あんず 

前作「回想、あるはなについて(2) 朝顔」の続きです。

第一話はこちら

不完全なワンダーランドにでてくる妖怪はなの過去話。
森で知り合った下級武士の娘一女とは、はなにとってこれまでの誰よりも仲のいい友達となっていた。
二人の交友は数年経っても続いていたが――

それから何年も経ち、野山を駆け回っていた少女は畏まった言葉遣いを身につけ、背もぐんと伸びた。いや背に関しては伸びすぎて、身長の低い男な

もっとみる
【小説】回想、あるはなについて(4) 枯草

【小説】回想、あるはなについて(4) 枯草

前作「回想、あるはなについて(3) あんず」の続きです。
はなの正体を知ってもそれを受け入れ仲良くしてくれる一女だったが、そんな折不穏な情報がもたらされる。

「不完全なワンダーランド」にでてくる妖怪はなの過去話。第一話はこちら

何者かの気配を感じて顔を上げると、森の中から兜巾を被った男が登ってくるのが見えた。錫杖をつき、大きな法螺貝を抱えている。歩く度に結袈裟についた丸い梵天が揺れた。

「山

もっとみる
【小説】回想、あるはなについて(5) 桃

【小説】回想、あるはなについて(5) 桃

前作「回想、あるはなについて(4) 枯草」の続きです。

「不完全なワンダーランド」にでてくる妖怪はなの過去話。
さらに数年経ったある日、はなは一女にある重大な話をされる。

第一話はこちら

「はな、ちょっと大事な話があるんです」
「どうしたの?」

天に真っ直ぐ伸びる背はいつもより凛として見えた。はなは団子を一つ、口の中に放り込んで一女を見上げる。彼女は芯があるよく通る声で一言告げた。

「私

もっとみる