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「チェシャねこ同盟」0完0
トマスは本を置くと、部屋にあるPCのスイッチを入れた。そして、検索画面に小説の著者名を入力してみた。すると、三件だけ該当するサイトが表示された。それだけでも彼には意外だった。こんなに簡単に何かにたどり着けるとは思っていなかったからだ。彼は微かに震えながら、一番先頭に上がっている文字をクリックした。
【天然かくれ家・スペースシップ型】
というのが、そのサイト名だった。
著者のホームページの様
「チェシャねこ同盟」7
朝起きると、トマスは洗面台の鏡の前で自分の顔を見つめる。皮膚と、筋肉と、脂肪と、骨。それらで作られた造形が、彼にはとても奇異に感じられる。じっと顔を見つめていると、肉体の感受性の鈍さと表現力の乏しさを感じ、人間のボディは滑稽な失敗作だという気がしてくる。
自分の身体をこんな風に感じるのは、トマスにとっては良い兆候だった。宇宙人としての真っ当な感覚を抱いて自分と対峙している証拠だからだ。こんな時
「チェシャねこ同盟」6
その朝、トマス・スペンサーが夢うつつに薄目を開けると、目の前に51%ガールのまつげがあった。彼は眠気眼で、ぼんやりとそれを見つめた。微かにふるえながら瞼が開かれ、彼女のブルーアイが露わになったとき、ようやく彼は水を浴びせられたように目を覚ました。
「何しているの?」
彼はがばっと身を起こし、51%ガールから離れた。彼女は彼の隣に身を横たえた姿勢のままで動かない。シュガーピンク色の生地に、シャ
「チェシャねこ同盟」5
トマスはスペンサー一族の伝統通り法律を学ぶために大学に進学した。51%ガールの登場は最初から不規則だったが、トマスが大学に入学してからはどんどんひどくなった。月に二十回も現れるときもあれば、半年近く姿を現さないこともある。なかなか現れない時期には、不本意ながら彼は51%ガールに会いたいような気分になるのだった。不便なことに、彼女はスマホを持ち合わせていない。
51%ガールのことが心に浮かぶと、
「チェシャねこ同盟」4
ある日、トマスは51%ガールに思い切ってこう言ってみた。
「知ってる?君、アリスって呼ばれているよ」
と。
アリスの誘惑症候群に関して、51%ガールはにやにや笑いを抑えられないようだった。
「もちろん知っていますとも」
にやっ。
「おもしろいわね、あなたたちって、やっぱり」
にやにやっ、というような具合だ。
「それで、君はアリスなの?」
というトマスの真剣な問いかけにも、にやに
「チェシャねこ同盟」3
それから51%ガールは思いも寄らぬ時にトマスの前に現れては、ふしぎなことを話して去っていくようになった。そんなわけでトマスが思春期にさしかかる頃には、彼にとってあの奇妙な少女は何を言っても理解してくれる幼なじみのような存在になっていた。 彼女がいつやってくるのか予想はできなかったが、トマスが一人でふてくされているときにはよくふらりと現れる。
「ちょっと寄
「チェシャねこ同盟」2
ふしぎな少女は同じ年の夏、再びトマスの前に現れた。彼が両親と一緒に、田舎にある親戚の別荘を訪れていた時だ。
庭番が飼っているテリーのミックス犬のキャプテンを連れて屋敷の周りの森や川辺を探検するのが、彼の夏休みの愉しみである。その日のトマスと相棒のキャプテンは、幻のレインボーバードを追って海賊が隠した宝を探す冒険に出ていた。ところが二人は、うっかりジャングルを抜けて農家のジープしか走らない細道に
「バブルフラワー」△完▽
ヤな気分になるのは、父さんや親戚連中に対して僕が陰険になることだ。自分でも困惑するくらい執念深く偏狭になる。相手の方が間違っているんだと証明したくなってしまうんだ。
父さんや親戚の人たちは、彼らが正しいと思う生き方を軟弱な若造に勧めてくれているに過ぎない。それは愛だし、いつだって彼らは彼らなりのやり方で愛を与えてくれていた。僕がそれに対してツンケンしたり、みぞおちがぎゅっと痛くなったりするのは
「バブルフラワー」3
あの風変わりなリトリートセンターに出会ったのも、レアのサンドイッチ・レストランでアルバイトしていたお陰だ。六月の最初の週末、サンドイッチ・ランチボックスを七十二人分を注文してきたのがそのリトリートセンターだった。その日僕らは、午前中の店の営業を休みにしてサンドイッチを作った。
できあがったランチボックスを運ぶのは僕の仕事だった。僕はレアの中古ワゴン車を借り、くねくねとした山道を上ってリトリート
「バブルフラワー」2
アルバイトの初日、僕は一時間遅刻した。
「そんな早くからやるほどのこと?」
と、内心思っていたことが敗因だろうと思われる。
ジェーン叔母さんが紹介してくれたのは国内大手のコンピューター会社のサポートセンターでの電話対応だった。僕は生まれて初めてぺっかぺかのオフィスにスタッフ章を付けて入り、ご満悦だった。
研修の時点で「ふざけてんのかな?」とは感じていた。実際に業務に就いたら、「どうかして
「ドールハウスの幽霊/The Phantom of the Dollhouse」*完*
ジェニィは「これでいいのだ。協会」主催の新しいセミナーが開催される度に参加するようになった。セミナーの参加者たちは、芸能関係者でもない限りジェニィのことをじろじろ見てきたりはしない。元世界的なファッションモデルであると誰も知らないことが、ジェニィにはありがたかった。
たった一度、隣に座った男性がジェニィを見るなりはっと息をのんだことがあった。ジェニィはもちろんこう思った。
「ああ、とうとうバ