マガジンのカバー画像

24年目16番目~

52
運営しているクリエイター

記事一覧

財布3

     日記より27-21「財布」3         H夕闇
**
             三月二十四日(日曜日)晴れ
 一族でA温泉へ梅見に出掛(でか)けた。
 長女の桜好きと一対で、婿(むこ)殿は梅が好きらしい。前から誘われていたのだが、天気が悪くて、二度も延期。三度目の本日、偶々(たまたま)むすこ父子が我が家に一泊していて、車二台で三世帯七人の一行と相(あい)なった。幼稚園を卒業したばか

もっとみる

財布2

     日記より27-20「財布」2         H夕闇
           三月二十一日(木曜日)曇り(続き)
 金銭に代え難い貴重品を危(あやう)く失い掛(か)けたこと、その上その事実を忘れてさえいたことを、僕は改めて思い知らされた。大切な思い出も、時の重みに流れ去る。そうして過去は失われ行く。軈(やが)て僕の人生その物も同様になるだろう。そうした冷たい認識が、暫(しば)し僕を自失させ

もっとみる

財布1

     日記より27-19「財布」1         H夕闇
               三月二十一日(木曜日)曇り
 財布(さいふ)を無くした。
 新聞の折り込み散らしにSドラッグの割り引きクーポンが入り、それで昼前に乳児用の果汁を買った。更にスーパーBへ行って、週末対策の商品を選び、レジに並んだ所で、はたと紛失に気が付いた。
 慌てて、来た道を逆に辿(たど)り、、、煩(わずら)わしいから、

もっとみる

灯台3

     日記より27-18「灯台」3         H夕闇
            二月七日(水曜日)晴れ後に曇り
 又これらの報道を僕らは決して忘れまい。かれらは人々が軈(やが)て出来事を忘れてくれるのを待ち、この世から事件が風化することを望んでいるのだ。ほとぼりが冷めたら、頃合いを見計らって、次ぎの手に出よう、とて虎視(こし)を眈々(たんたん)と身構えているのだ。だから、僕らは対抗手段とし

もっとみる

灯台1

     日記より27-16「灯台」1         H夕闇
            二月七日(水曜日)晴れ後に曇り
 きのうの雪は(半月前に比べると、)ズッと少なかった。夜来の積雪は五センチとか。裏の道の雪掻(ゆきか)きが(隣家の前も含め)三十分程で済んだ。前回は薄明から一時間半も掛(か)かったことを思えば、遥かに楽だった。集めた雪の山も、(この前の半ば融(と)けた残雪に積み上げたのだが、それ

もっとみる

幸先(続き)

     日記より27-15「幸先」(続き)      H夕闇
 その夕刻、久々の緊急地震速報が鳴った。この地では空騒ぎに過ぎなかったが、能登半島に死者二百人を越える大きな被害が出た。活断層に因(よ)る最大震度七、津波も約四メートル。僕らは十二年前を思い出し、冷え込みを思(おも)い遣(や)った。心底から温もりが恋いしかった。
 翌日夕方、その被災地へ支援物資を運ぶ海上保安庁の飛行機が、羽田空港C滑

もっとみる

幸先

     日記より27-14「幸先」            H夕闇
             令和六年正月十四日(日曜日)晴れ
 年賀状を呉(く)れた教え子と旧同僚へ、きのう寒中見舞いを投函して、ホッとした。ここ数年来は虚礼廃止の方針で、こちらからは出さないのだが、それでも新年の挨拶(あいさつ)が来る相手は、有り難く、必ず答礼することにしている。
 肩の荷が下りた、と言えば、きのう七回目の新型コロ

もっとみる

熱帯夜の夢

  日記より27-10「熱帯夜の夢」             H夕闇
   八月三十一日(木曜日)晴れ+熱帯夜(今夏三十日目:最多更新中)
 夜中に目が覚めた。暑くて、寝苦しい。この夏は、枕頭(ちんとう)の小机(こづくえ)に水筒を用意して寝る。冷たい飲み物を口に含むと、救われた気分になるが、昨夜それだけでは済まなかった。
 手足などに執拗(しつよう)な不快感が有るのは、蚊(か)に喰(く)われたらし

もっとみる

政治的な成人式

     日記より27-6「政治的な成人式」      H夕闇
      七月三十日(日曜日)晴れ+熱中症警戒アラート
 選挙が有って、投票に行って来た。「危険な暑さ」が騒がれる、投票率が又グンと下がることだろう。三人に一人の程度とか。僕は出来る限り早く出掛(でか)けた。ここで暑さに負けて棄権すれば、政治家の不正を批判する権利をも自(みずか)ら放棄するような気がして、いつも敢(あ)えて投票に行く

もっとみる

幸せの風景(続き)

     日記より27-4「幸せの風景」(続き)      H夕闇

 僕が学生時代に思い描いた成功の図は、文学者だった。文筆を以(も)って生きて行きたいと志(こころざ)した。或(ある)いは、学問を究めたいとも願った。研究対象は、やはり文学だった。やや後に、テレビ・ドラマのシナリオを書きたい、とも思った。小説や論文の文章よりも視聴覚の映像の方が、人々の心と社会に訴える力が有りそうに感じたから。

もっとみる

新緑の栞

     日記より27-2「新緑の栞」         H夕闇

               五月十二日(金曜日)晴れ

 もう一人、僕に娘が出来た。僕の子は永らく三人+一匹の筈(はず)だったが、(他にも、教え子の中には、ここを半(なか)ば実家のように心得る者も居(い)るが、)又それとは別口である。

 尤(もっと)も、こうした場合い一般に持ち上がるべき家庭争議は、今回チットも起こらない。寧(む

もっとみる

色変わり水仙

   日記より27-1「色変わり水仙」           H夕闇
              令和五年四月八日(土曜日)曇り
 けさ椿(つばき)の蕾(つぼみ)が一つ解(ほど)け始めた。葉裏に隠れて、きのうまで僕は気が付かなかったが、それは丸々と太り、根元までピンクに色付いて、今にも一枚ずつ花びらが開きそうだった。それが本日は到頭(とうとう)(上の花弁から)一枚ずつ解(ほぐ)れ始め、もう七枚も薄い

もっとみる

里帰り出産

   日記より26-26「里帰り出産」         H夕闇
            三月十三日(月曜日)曇り後に雨
 娘Kが新生児kと里帰りして二十一日、きのう床上げした。昼から婿(むこ)殿T君が車で迎えに来て、去った。
 この間、僕は思いっ切り(Kが子供の頃に無かった程)娘を甘やかした。くだものを食べたいだろう、とてテント八百屋まで雪道を自転車で走り、スーパーBの新聞折り込み広告を見せて、甘

もっとみる

コロナ下の出産風景3

  日記より26-23「コロナ下の出産風景3」        H夕闇
   二月十日(金曜日)曇り後に大雪(積雪:18時8㌢、21時15㌢)続き
 先日(コロナ感染前)年賀に訪れた娘の夫婦と妻と四人でベビー用品店へ出掛(でか)けた時、三人は既に胎児の性別を承知だったらしい。だが、(今にして顧(かえり)みると、)僕との約束が有ったので、女児用の品物を買えなかったようだ。それで、きょう家内は大手を振っ

もっとみる