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エッセイ

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今までの日々や、ささやかな僕の奮闘を書いていければと思います。
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「世界のバランス」

「世界のバランス」

大阪から東京に仕事で来た後輩と久しぶりに会う約束をした。
あまり東京に来たことがない後輩を案内して回り、お昼には僕がオススメのラーメン屋へ連れて行った。その店はラーメンも勿論美味しいのだが、なによりも炒飯が絶品で後輩にも絶対食べて欲しいと思い、ラーメンの大盛りを頼もうとしていた後輩を説得してラーメンセットの食券を二枚と、ラーメン大盛りの食券を購入した。

「僕そんな、どっちも食べれますかねぇ」

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エッセイ 「真夜中の怪談」

エッセイ 「真夜中の怪談」

夏の気配を感じる蒸し暑い夜に、飲みながら怖い話を聞く機会があった。
話してくれたのはTVやライブなどでも怪談話を披露したことのある人で、子供の頃から霊感のある自身の体験談を中心にいくつか聞かせてもらったのだが、話を聞いているうちにどんどんと引き込まれていく臨場感や、おどろおどろしいだけではない妙なリアリティーがあり、大人になってから怪談話で寒気がするほど怖いと思ったのは初めてだった。
「やはり

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「低音の響き」

「低音の響き」

「難波さん、スマホで音楽聴くイヤホンにいくらまで出せます?」

一緒にいた後輩から突然そう声をかけられた。今使ってるのはプレゼントで貰ったものだが、自分で出すなら正直三千円か出せても四千円ぐらいだと僕が答えると「僕安いの駄目なんですよねぇ〜音質とかこだわっちゃうんで」と、僕が音質にこだわりがないとまるで知ってたかのような反応が後輩から返ってきた。そして後輩はそこからイヤホンのうんちくを僕に語り

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「帰省」

「帰省」

もうどれくらいライブに出ていなかっただろう。舞台に立つ感覚が鈍っているというよりも、自分が舞台に立っていたことが想像できないような感覚だった。
中学時代からの友人が、地元の寝屋川で開催する朗読ライブにゲストという形で声をかけてくれたのだが、必要なものは全部分かっているのにそれが一つも手の中に無いような心理状況で、何から始めればいいのか順番さえ選べずにいた。

だからといって感覚を戻すために、

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「花瓶の葬式」

「花瓶の葬式」

花瓶を割った。

その花瓶は僕の友人がまだ若く金もない頃に、それでもどうしようもないほどに魅了されて購入したものである。それから十年以上大事に使っていたその花瓶を、友人は僕の働くBARのカウンターに置いてくれと持ってきた。それは友人がもうその花瓶に飽きたとか、もっと高価でいいものを見つけたからという理由ではない。友人は自分の大事な花瓶と、その想いを僕に託したのだ。そして僕は、その花瓶を割った。

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「限界突破」

「限界突破」

東京から大阪へ車で向かうことになった。メンバーは僕と友人、そして友人の呼んだ後輩の三人である。色々と運ばなければいけない荷物があったのでバンタイプの大きな車を借り、僕らは朝早く出発して大阪を目指した。

東京から大阪までは車で早くても5〜6時間、安全を考慮して休憩を取りながらとなると8時間ほどかかってしまう。車の運転は見た目よりずっと神経をすり減らすもので、普段運転などしない僕らにとってはかな

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「今年最後の美容院」

「今年最後の美容院」

今年の一月から新しい美容院に通い始めている。去年まで髪を切ってくれていた美容師さんが年内いっぱいで離職するということで、なるべく家の近くにある美容院を探したら居心地のよさそうな店を見つけることができた。
去年まで担当してくれていた美容師さんは、「難波さんのカットのデータは残しときますので、次回指名なしでこのまま来ていただいても引き継げるようにしときます」と言ってくれたのだが、新しく担当になる美

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「あの夢の余韻」

「あの夢の余韻」

久しぶりに足を挫いた。こんなにもちゃんと足を挫いたのはいつ以来だろうか。
こうして右足首から迫り上がってくる久しぶりの痛みに、哀愁を帯びた懐かしさまで感じている。
歩いてる途中にちょっと足を捻ったぐらいであればわざわざこうして文章にすることはない。サッカーの試合中に、ファール覚悟の殺人スライディングを食らった時ぐらい足首を挫いたのである。

その日はお酒を飲んで気分が良くなっていた。先輩に

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「僕とプリンとの関係性」

「僕とプリンとの関係性」

たまにプリンが食べたくなることがある。ただ甘い物が食べたいという訳ではなく、バスクチーズケーキでも生ドーナツでも替えの利かない、プリンが食べたいという欲求のみが湧き上がるのである。プリンの中でも、コンビニで売ってるようなゼリーみたいなプリンや、とろけるようにクリーミーな食感のプリンではなく、昔ながらの喫茶店にあるような、少し硬めの食感に苦味のあるカラメルがたっぷりかかっているクラシカルなプリンで

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「君はちゃんとエアコンを切って来ている」

「君はちゃんとエアコンを切って来ている」

人はいくつになっても成長を感じられる生き物である。若い頃は吸収する速度が速いので成長を実感できる機会が多いが、年齢を重ねればその経験から、悟りの境地のごとく成長を遂げられることがある。
ほんの数日前に僕は、齢四十を超えてある境地に辿り着いた。信じられないかもしれないが、「エアコンの電源切ったかどうか気になって落ち着かない問題」に、僕は終止符を打ったのである。

父と母のおかげで、中学への入学

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「オールタイムサービスという真実」

「オールタイムサービスという真実」

「オールタイムサービス価格!!」と、でかでかと掲げられた居酒屋の看板が見える。近づいて詳細を見ると、開店から閉店までの時間はずっとレモンサワーなどのアルコールが半額で飲めるようだった。これは凄いサービスだし店の雰囲気もいいので、皆んなで来たら楽しいだろうなぁと思ったのだけれど、オールタイム…サービス価格…ということは、結局のところ通常価格なだけではないのだろうかという疑問が浮かび、どういう感情に

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「#14 また浴衣の女性とすれ違いスマホを開く」

「#14 また浴衣の女性とすれ違いスマホを開く」

まだ上京したばかりの頃は、知り合いも少なく事務所から振られる仕事もほとんど無かった。バイトの面接を受けても感触は悪く、実際に採用の通知連絡もなかった。たまにしっかりとした会社は不採用でも連絡をくれるのだが、電話を切った後の自分が急に不採用の人となって鏡に映し出されるのが恥ずかしかった。
ようやく合格したのはブラック企業のコールセンターで、バイト全員が恐れ慄く社長の口癖は「人を動かすために最も必

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「#13 市民プールの匂いが自転車を加速させる」

「#13 市民プールの匂いが自転車を加速させる」

自転車用のチャイルドシートに座る僕の視界は、父親の背中で遮られ良好ではない。いっそのこと目を瞑って、聞こえてくる音と、漂う匂いと、肌に触れる感覚を頼りに、自分の周りに広がる景色を把握しようと試みる。自転車が前方に少し傾きスピードを増すと、ぬるく漂っていた空気が頬をさらりと撫で、油の切れた耳触りなブレーキ音と共に、電車の通り過ぎる音が頭上で大きく響いた。駅前の坂を下ってから高架下を通り抜けるこのル

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「ナンパの極意」

「ナンパの極意」

東京では梅雨明けが宣言され、いよいよ夏も本番を迎えようとしている。花火大会も、夏祭りも、海開きも、制限を設けないのは4年ぶりとなり、コロナ禍という未曾有の事態を乗り越えて迎える夏は、きっと上昇を続ける気温と共に熱狂的な季節になるのではないだろうか。
BARの営業終わりに恵比寿の駅前を歩いていても、そこら中を飛び交う声がいつもより軽やかで高らかに響いている気がした。女性達は露出度の高い装いでステ

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