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また読み返す創作大賞応募作

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noterさんが書いた、2024年「創作大賞応募作品」をまとめています。いっきに読めないため、マガジンに入れて少しずつ読み進めています。ペースはゆっくりです。
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記事一覧

信じる何かをもっている、ということ

信じる何かをもっている、ということ

子どもたちが驚いたのも無理はない。大人のわたしだって初めてそれを目にしたとき、視線が釘付けになった。

ホストファミリーをしていた頃、ムスリム(イスラム教徒)の留学生を何度か受け入れたことがある。彼らは1日5回、決まった時間にメッカの方角を向き、お祈りをする。彼らにとっては幼い頃からの習慣で、母国では、家族も友人も近所の人も会社の人も、みんなお祈りをする。

そのお祈りの様子を見た子どもたちは「う

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きっと、恋をしていた

きっと、恋をしていた

「あなた、本当はいい人いるんじゃないの」

 祖母の言葉に食べかけの豆苗を詰まらせそうになる。隣では妹がお茶をむせていた。

・・・

 その日、昼前に電話がかかってきた。

「あなた、今日は予定は?」
「特には。あれ、ママから検査入院って聞いてるけど、持っていくものとかある?」
「なら恵比寿に出てきてちょうだい。今日、退院したのよ。で、今、恵比寿のいつもの中華のお店にいるから。食べさせてあげるか

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日曜日のカップ焼きそばと、きょうだい3人の隠しごと

日曜日のカップ焼きそばと、きょうだい3人の隠しごと

ざく切りキャベツをビニール袋へガサっと入れて、ごま油と塩昆布を混ぜてモミモミするだけ。

この簡単な一品を、わりと夫が喜んでくれる。
最近、我が家の料理に塩昆布が登場するのは、この副菜を作る時くらいだ。子どもたちが巣立ち、おにぎりを握る機会が減って、塩昆布をあまり使わなくなった。
焼き海苔やふりかけも、お弁当を作らなくなったので活躍の場がほとんどない。

それでもそれらを常備しているのは、おそらく

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私が散歩を辞めた理由(ワケ)【創作大賞2024応募作エッセイ部門】

私が散歩を辞めた理由(ワケ)【創作大賞2024応募作エッセイ部門】

ここ4か月、あの道を歩いていない。
週末必ず通っていた散歩道。

景色を見たら、苦く切ない感情が溢れてしまうから、歩けない。
全ては一つの出来事に行きつく。

1. 失恋

人を好きになるってどんな気持ちだったっけ?という感じでずっと生きてきた。

人生半世紀を迎えようとした昨年、その人は職場にいた。

今まで仕事が中心の生活。資格の勉強もはかどっていて、友達と食事や旅行を楽しむなど、それなりに

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娘心と春の空、そして消えたカスタードパイ

娘心と春の空、そして消えたカスタードパイ

人間として40年、親になって10年以上が経つベテラン大人だが、それでも先のことを読むのは難しい。特に天気と娘の気持ちの読みはだいたい外してきた。

私は基本的に在宅勤務なので会社に行くのは年に1、2回くらいだ。しかしなぜかそういう日に限って電車が止まったり大雨が降ったりと何かしら問題が起こり、気持ちよく出勤させてくれない。

今日はまさにそういう日、今年初の出社日なのだけど、外に出たら土砂降りだっ

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150日分の親孝行

150日分の親孝行

爽やかな風に運ばれて、今年の6月はやってきた。
晴れ渡る青空。仕事は休み。少し遅い家庭菜園が始まった。



6月1日

午前9時、二人は玄関の真裏にある庭へ行き、5畳くらいの地面を剣先スコップで掘り始めた。掘っては掘り、掘っては掘ると、地面は畑の体を成していく。

僕はホームファーマー見習い。こちらの畑を担当して今年で2年目。

頭領は、71歳のじいさん。呼吸器を患っているので、あまり激しい作

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モンブランは好きですか

モンブランは好きですか

ガラスケースに並ぶ、キラキラのケーキたちの中でも異彩を放つフォルム、安心するほっくりとした甘さの「モンブラン」、あなたは好きですか。

僕は、大好きです。

いつから好きか覚えていませんが、子どもの頃からケーキはモンブランを選ぶことにしていますし、いまでもモンブランだけを見つめています。

そんな”モン”のこと、語らせてください。モンは僕が勝手に呼んでいるモンブランの愛称ですが、フランス語のモン(

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発達障害の息子と歩む道

発達障害の息子と歩む道

わたしは怒っている。
学校に。世間に。日本の政治に。
そして自分に。

わたしの息子はADHD(注意欠陥・多動性障害)、いわゆる発達障害と言われるものだ。
発覚したのは彼が小学校に入ったばかりの頃。毎日のように学校からトラブルの電話がかかってきた。学童でも落ち着きがない。と言われた。その時ベテランの児童指導員さんに「多分彼自身のせいではないですよ。」と言われた。それでピンときた。彼は何かが他の子と

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「まがり角のウェンディ」第1話(全18話)

「まがり角のウェンディ」第1話(全18話)

Ⅰ ー 1 ノートの上に、一本のペンがある。
 手が伸びてきてペンを握る。開かれた白いページに影が落ちた。

 手が、文章を書き始める。ペン先と紙が擦れ、乾いた音を立てる。文字を綴る音のほかは時折りページをめくる音がするだけだ。
 手が、文章を書いている。音を立てながら文字が並んでいく。やがて手は止まり、乗り出していた上体が起こされたことで紙面の影は消えた。
「んんー」
 伸びをして背中の強張りを

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わたしが韓国人と結婚して「バツ1/2」になるまでの12か月【#創作大賞2024】

わたしが韓国人と結婚して「バツ1/2」になるまでの12か月【#創作大賞2024】

わたしの離婚歴は、1と1/2回。

中途半端になってしまったのは、このうちの1/2回分が国際結婚だからだ。

国際結婚というのはけっこう複雑で、2つの国で婚姻届を出さないと成立しない。

わたしの場合は、韓国と日本。韓国で結婚し、日本では婚姻届けを出せぬまま、12か月後には離婚した。

「言葉の違いが、原因でしょ?」
「文化の違いが、大変だったんでしょ?」

離婚をしたばかりのころはよく言われたけ

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八年間で習得したのはエレベーターのボタンを押すこと

八年間で習得したのはエレベーターのボタンを押すこと

八年間勤めたホテルでの仕事を終えた。この記事では八年間の出来事や感謝を綴らせてください。

八年で僕はエレベーターの下行きのボタンを押せるようになった

食べさせてもらってばかりの八年間

仕事での出来事を振り返ろうとしているのに思い出すのはあの人やその人が作って食べさせてくれたもののことばかりです。

入社したてのころに同じ時間帯に入っていた定年間際の長井さんは毎朝お弁当を作ってきてくれました。

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小説「ある朝の目覚め」第一章

小説「ある朝の目覚め」第一章

あらすじ化粧はわたしの「戦闘服」。わたしを強くしてくれる。

内気で感受性の強い自分に「武装」してIT企業の技術営業職として働くあや子は、お気に入りのノートと万年筆で日々の出来事や自分の考え・思いを書き出して整理する習慣を仕事や生活に活かしている。

出勤前のおひとり様時間を楽しむカフェでのある女性バリスタとの交流が、あや子の日々と内面とに、最初は小さな、徐々に大きな波紋を起こしていく。

ある日

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続かない私が日記を書いてみえてきたもの

続かない私が日記を書いてみえてきたもの

日記を書いてこない人生だった。
理由はシンプルに続かないから。
1月1日にまっさらな日記帳に気合いをいれて書き出して、まさに3日目でやめた。小学生のときである。

それでも何回か「かわいい日記帳を見つけた」とやってみては、結局坊主になっていった。

世の中の10年、20年、はたまた子供の頃からずっと日記を書いてます、という方を知ると本当に仙人をみるような眼差しになる。そんなこと…あるんですか?のき

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モテたい彼と依存する彼女 第6話

モテたい彼と依存する彼女 第6話

1話目はこちらから(下部に全ページリンクあり、全11話です)
https://note.com/koito_0_0_/n/n08a382d38b6d

 吉川に話を聞いたあと、吉川の知那に対する態度が変わった。
 相変わらず教室へ遊びに来る知那に対して歓迎していたが、もうひとつ踏み込むようになったように見えた。
 それがはっきりわかったのは、知那の噂を聞いた3日後のことだった。

「知那ちゃん! 

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