熊倉たかあき

兵庫県豊岡市にある大学で教員をしています。学生時代フランス文学の研究をした後、母校慶應…

熊倉たかあき

兵庫県豊岡市にある大学で教員をしています。学生時代フランス文学の研究をした後、母校慶應大学で教鞭をとりながら、現代アートについて研究•批評•実践をしていました。最近『GEIDO論』『藝術2.0』を出版しました。フランス留学時代から食•料理が好きで今回その経験に基づいた文を書きます

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  • カレーは味噌汁である サラダは漬け物である

    20代で「食」のコペルニクス的転回を経験して以来、世界各地で遭遇した「食」の「常識」を覆す体験・発見について、時には現代の思想や芸術の視点から、縦横無尽に論じていく。

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固定された記事

中央アジアの超絶美味たち――アメリカのはるか彼方で

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なぜ茶の湯では湯気が美しく見えるのか?

茶道の教室への違和感 私は、これまでの人生の中で幾たびか、茶の湯を習おうとしたことがある。12年前から3年間、北鎌倉に住んだが、家の近くにはいくつか師範の看板が掲…

熊倉たかあき
6か月前
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カレーは味噌汁である

ある日、カレーを作っていて、ふと疑問に思った。なぜ、(少なくとも当時の)大方の市販のカレールーのレシピには、具材を炒めて少し煮込んだ後、いったん火を止めてから、…

熊倉たかあき
11か月前
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「美学」の授業に炊飯器?!

「美学」という授業 私は、一昨年の4月から兵庫県豊岡市にある、主に舞台芸術と観光をメインに教える大学で教鞭をとっている。「専門職大学」という新しい制度に基づいた…

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コーヒーの値段はあなた次第のカフェ

京都は上高野に住んでいた時の、ある日の出来事である。 散歩の途中、偶然、不思議な世界に迷い込んでしまった。まるで宮沢賢治の世界に入り込んだかのようだった。 そう、…

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キルギスから中国へ――絶食、カップ麺、「マルガリータ」

国境越えの夜行バス 前回ご紹介した、パリから上海へのユーラシア大陸横断の旅は、いよいよ大団円を迎えようとしている。最後の国境、キルギスから中国(新疆ウイグル自治…

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ポトフと陰翳礼讃

Silent Shadows 私は、13年前、パリに一年滞在していたあるとき、日本にいる友人が、スイスで彼女の友人夫妻が自宅兼アーティスト・イン・レジデンスとして暮らしている古…

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バゲットが「凶器」に!?

バゲットを「批評」する?! 私は大学で「批評論」という授業をやっている。もちろん、ボードレールや小林秀雄といった古典的な批評家も扱うのだが、本離れの激しい現代の…

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日本に理想的なサンドイッチは存在しない?

日本での最高のサンドイッチ 私は、実は、サンドイッチ好きである。しかし、日本でなかなか理想的なサンドイッチにめぐり逢ったことがない。60数年の人生の中で、最高のサ…

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京都で「寿司飯ダンス」

京都で「江戸前」を探し歩く 私は根っからの寿司好きである、と前に述べた。この世に誕生する前から、神田の寿司屋のカウンターに座っていた私は(もちろん母親のお腹の中…

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京都で完璧なステーキ・フリットの肉は○○○○産だった!?

フランス人の「定食」 フランス人が最も好んで食べる料理は何だろうか。地域にもよるだろうが、少なくともパリ(近郊)では、ステーキ(一般に「ビフテク (bifteck)」とい…

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京都の「おもてなし」の差別主義とファシズム?

京都でのカルチャー・ショック 私は9年前、京都に越してきた。 それまでは、外国生活を除けば、日本では東京に暮らしていた(足立区、練馬区、文京区、港区、中央区)。…

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糞尿の香りのする高級ワイン?!

ワインとの出会い ワインと私の歴史は、フランス留学時代に始まる。 私が渡仏した1984年は、ちょうど日本でバブル景気が始まる頃。それ以前、ワインというアルコール飲料…

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二つの「美食」             ――ブリア=サヴァランと魯山人

フランス人にとっての食の「三種の神器」 皆さんは、フランス人の食の伝統的な「三種の神器」をご存知だろうか。この三つがあれば、フランス人はなんとか生き延びられる。…

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島国キューバでは新鮮な魚介が食べられない!?

アメリカから日本に帰った翌年(2001年)一月、私は生まれて初めてキューバに行った。 その4年前、私はフランスのグルノーブルで開かれたフランス文化省主催のフランス文…

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ニューヨークでシンディ・シャーマンに寿司を握ってみないかと誘ったら

神田・三好鮨 私は、寿司好きである。しかも、おそらく物心つく前からそうである。 父の会社が東京は神田・淡路町にあったため、私の外食文化は、淡路町、須田町界隈で形…

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中央アジアの超絶美味たち――アメリカのはるか彼方で

中央アジアの超絶美味たち――アメリカのはるか彼方で

ユーラシア大陸横断の旅

13年前、パリに1年間滞在していた時、私は国内外、旅を重ねた。国外は、前述のように、オランダ、スイス、そしてベルギー、ドイツなど。滞在終了間際には、インドにも3週間ほど旅をした。

だが、最大かつ最も波乱に満ちた旅は、やはりパリから上海までの陸路での横断であろう。

私は、幼い時から、日本地図・世界地図を眺めるともなく眺めるのが好きだった。特に、地図を眺めながら「辺境」に

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なぜ茶の湯では湯気が美しく見えるのか?

なぜ茶の湯では湯気が美しく見えるのか?

茶道の教室への違和感

私は、これまでの人生の中で幾たびか、茶の湯を習おうとしたことがある。12年前から3年間、北鎌倉に住んだが、家の近くにはいくつか師範の看板が掲げられていて、一つ二つ門を叩いたこともあったのだが、稽古を見学させてもらうにつけ、何とも言いようのない違和感を覚えなじめず、二度と敷居を跨ぐことがなかった。

北鎌倉から京都に移り住んだあとも、茶の湯への興味は引き続いていて、いやさらに

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カレーは味噌汁である

カレーは味噌汁である

ある日、カレーを作っていて、ふと疑問に思った。なぜ、(少なくとも当時の)大方の市販のカレールーのレシピには、具材を炒めて少し煮込んだ後、いったん火を止めてから、ルーを割り入れると、書いてあるのか。いったん火を止めることに何か意味があるのか。いったん火を止めてから割り入れないと、ルーが溶けなかったりでもするのか。試しに、いったん火を止めずに、単に弱火にして(強火のままでは焦げ付いてしまうから)ルーを

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「美学」の授業に炊飯器?!

「美学」の授業に炊飯器?!

「美学」という授業

私は、一昨年の4月から兵庫県豊岡市にある、主に舞台芸術と観光をメインに教える大学で教鞭をとっている。「専門職大学」という新しい制度に基づいた大学なので、一般の大学に比べ実習科目が非常に多い。私はといえば、その中で、いわゆる「座学」と言われる理論的な科目を担っているが、アクティヴ・ラーニングが推奨されていることもあるし、私自身の20余年の教授経験からも、2時間ぶっ通しで(この大

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コーヒーの値段はあなた次第のカフェ

コーヒーの値段はあなた次第のカフェ

京都は上高野に住んでいた時の、ある日の出来事である。
散歩の途中、偶然、不思議な世界に迷い込んでしまった。まるで宮沢賢治の世界に入り込んだかのようだった。
そう、それはまったくの偶然の出来事だった。
もし先日腰を痛めていなかったら、そもそも散歩に出なかったろう。もし、散歩に誘った次女が一緒に来ていたら、あそこまで行かなかったろう。もし、修学院離宮の前を通り過ぎ、曼殊院まで足を延ばしていたら、あの道

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キルギスから中国へ――絶食、カップ麺、「マルガリータ」

キルギスから中国へ――絶食、カップ麺、「マルガリータ」

国境越えの夜行バス

前回ご紹介した、パリから上海へのユーラシア大陸横断の旅は、いよいよ大団円を迎えようとしている。最後の国境、キルギスから中国(新疆ウイグル自治区)だ。ただし、最大の難関の一つでもある。キルギスから中国へ陸路でわたるには、調べた限り二つのルートしかない。ナリン(キルギス)からトルガルト峠を抜けてカシュガル(中国)へ抜けるルートと、オシュ(キルギス)からイルケシュタム峠を越えてカシ

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ポトフと陰翳礼讃

ポトフと陰翳礼讃

Silent Shadows

私は、13年前、パリに一年滞在していたあるとき、日本にいる友人が、スイスで彼女の友人夫妻が自宅兼アーティスト・イン・レジデンスとして暮らしている古邸で、今度世界中から20人くらいのアーティストを招き、面白そうな企画をやるので、行ってみないかと誘われた。私は二つ返事で参加したい旨を伝えた。

そして、当日。パリからTGVに乗り、ジュネーヴでローカル線に乗り換え、ヌーシ

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バゲットが「凶器」に!?

バゲットが「凶器」に!?

バゲットを「批評」する?!

私は大学で「批評論」という授業をやっている。もちろん、ボードレールや小林秀雄といった古典的な批評家も扱うのだが、本離れの激しい現代の若者たちに、やにわにハードコアな「批評」を論じたりするのは、愚の骨頂でもあるので、初めてこの授業を担当する今年は、なんと「バゲットを『批評』する」から始めた。

残念ながら、大学のある豊岡には、(下記の理由から)まともなバゲットを商うまと

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日本に理想的なサンドイッチは存在しない?

日本に理想的なサンドイッチは存在しない?

日本での最高のサンドイッチ

私は、実は、サンドイッチ好きである。しかし、日本でなかなか理想的なサンドイッチにめぐり逢ったことがない。60数年の人生の中で、最高のサンドイッチは、幼少の頃食べていた、神田須田町に今もある近江屋洋菓子店のミックス・サンドイッチである(サンドイッチ自体が今もあるかどうかわからない。あったとしても、代替わりしているので、同じサンドイッチかどうかわからない)。サンドイッチ用

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京都で「寿司飯ダンス」

京都で「寿司飯ダンス」

京都で「江戸前」を探し歩く

私は根っからの寿司好きである、と前に述べた。この世に誕生する前から、神田の寿司屋のカウンターに座っていた私は(もちろん母親のお腹の中でだが)、好きが高じて、ニューヨークではパーティなどで握っていると「寿司屋」にまちがえられるほどだった。

そんな寿司好き、もちろんチャキチャキの「江戸前」好きの私が、こともあろうか、10年前、縁あって京都に移り住んだ。

京都に暮らしは

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京都で完璧なステーキ・フリットの肉は○○○○産だった!?

京都で完璧なステーキ・フリットの肉は○○○○産だった!?

フランス人の「定食」

フランス人が最も好んで食べる料理は何だろうか。地域にもよるだろうが、少なくともパリ(近郊)では、ステーキ(一般に「ビフテク (bifteck)」という――日本の「ビフテキ」の語源)ではないだろうか。

(年代にもよるが)フランス人は基本肉食。鶏豚牛からジビエまで。それにありとあらゆる内蔵の部位を様々な料理法で楽しむ。その中で、家庭、そして外食でも最も頻繁に何気なく食べてしま

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京都の「おもてなし」の差別主義とファシズム?

京都の「おもてなし」の差別主義とファシズム?

京都でのカルチャー・ショック

私は9年前、京都に越してきた。

それまでは、外国生活を除けば、日本では東京に暮らしていた(足立区、練馬区、文京区、港区、中央区)。そして、京都に越す前の3年間は、北鎌倉に3年ほど住んだ。

ちょうど北鎌倉に住んでいた2011年、東日本大震災が起きた。長女がまだ1歳だったこともあり、放射能汚染が心配で、夫婦で話し合った結果、西日本に移住することに決めた。沖縄、熊本、

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糞尿の香りのする高級ワイン?!

糞尿の香りのする高級ワイン?!

ワインとの出会い

ワインと私の歴史は、フランス留学時代に始まる。

私が渡仏した1984年は、ちょうど日本でバブル景気が始まる頃。それ以前、ワインというアルコール飲料は、日本では、ごく特殊な、おそらく非常に裕福な家庭でしか(ですら)飲まれていない、ごく特殊な飲み物だった。当時の若者たちは(若者以外もだろうが)、少なくとも東京(近郊)では、「飲み」の席の飲料はふた通りのパターンしかなかった。ビール

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二つの「美食」             ――ブリア=サヴァランと魯山人

二つの「美食」             ――ブリア=サヴァランと魯山人

フランス人にとっての食の「三種の神器」

皆さんは、フランス人の食の伝統的な「三種の神器」をご存知だろうか。この三つがあれば、フランス人はなんとか生き延びられる。昔の日本人の三種の神器、ご飯、味噌汁、漬物にあたるような。

パン、(赤)ワイン、チーズである。それにさらに四つ目を加えるとすれば、何だろうか。
デザートである。それほど、彼らにとって乳製品、糖分は欠くべからざるものだ。

だいぶ前だが(

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島国キューバでは新鮮な魚介が食べられない!?

島国キューバでは新鮮な魚介が食べられない!?

アメリカから日本に帰った翌年(2001年)一月、私は生まれて初めてキューバに行った。

その4年前、私はフランスのグルノーブルで開かれたフランス文化省主催のフランス文化政策の合宿型セミナーに参加した。そこには、東欧、北欧、北アフリカ、中南米、アジアなどから文化行政やアート・マネージメントに携わる人々が二〇名近く招かれ、私はそこでキューバの文化省に勤める女性、マイテに出会った。二週間、毎日顔を合わせ

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ニューヨークでシンディ・シャーマンに寿司を握ってみないかと誘ったら

ニューヨークでシンディ・シャーマンに寿司を握ってみないかと誘ったら

神田・三好鮨

私は、寿司好きである。しかも、おそらく物心つく前からそうである。

父の会社が東京は神田・淡路町にあったため、私の外食文化は、淡路町、須田町界隈で形成された。「やぶそば」、甘味処の「竹むら」、鳥すきやきの「ぼたん」、いなりの「志乃多寿司」、天ぷらの「天兵」、シュークリームが絶品だった「近江屋洋菓子店」、そして今はなき「三好鮨」。

父もまた寿司好きだったため(といっても呑んべえの彼

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