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短編小説・ショートショート

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ショートショートは2000字前後まで、短編小説はそれより長めの読み切りです。
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【コテン現代】③徒然草 第60段「芋頭を食らう僧侶」

【コテン現代】③徒然草 第60段「芋頭を食らう僧侶」

今回は、吉田兼好の『徒然草』第60段に出てくるある僧侶を巡る太郎と吉男の会話をお楽しみください。

吉男「仁和寺の真乗院に盛親僧都という変わった坊さんがいたそうだ。この坊さん、常に芋頭という里芋の親芋ばかり食っていた。仏典の講義の間も鉢に山盛りにした芋頭を膝の前に置いて本を読みながら食ったり、病気のときは1週間2週間部屋に閉じこもり、少し良い芋頭を選んでことさら多く食べ、あらゆる病気を治した。大変

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【短編小説】ふたつのH(エイチ)

【短編小説】ふたつのH(エイチ)

「あ、社長、おはようございます。今日は早いんですね」

「佐伯……お前だけか……」

「えっ? 何がです?」

「みんな死んだ。流行りの伝染病で」

「そ、そんな……」

「昨日、急に風向きが変わっただろ。それでやられたんじゃないかって近所中で言ってるよ」

「そう言えば、ここに来るときに、いつもより救急車が多かったような……」

「だろ? でも、なんで俺たちだけが残ったんだろうな」

 社長の香

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【俳句】母と子、秋の観劇

【俳句】母と子、秋の観劇

子「また泣いてんの?」

母「だって、見せ場のグラン・パ・ド・ドゥの音楽が素晴らしかったんだもん。あのパ・ド・ドゥがなければ、いくらチャイコフスキーの作曲とはいえ、きっと『くるみ割り人形』は三大バレエに選ばれてないよね。簡単に言えば上からドーシラソファーミレドーって下りてくるモチーフを繰り返して、これでもかと言うほど感動を煽る音楽に合わせて踊るのが金平糖の精だっていうギャップに萌えるわ〜。西洋の舞

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【ショートショート】持続可能な共同体

【ショートショート】持続可能な共同体

自治区の住民「祭りだー! みんな踊れー!」

ある新興国家の外部調査員「何だこの祭りは、みんな好き勝手に踊ったり爆竹を鳴らしたりして、まるでカオスだな」

自治区の広報担当「1年に1度の大イベントですからね。海に囲まれたこの自治区では、住民の大半が漁師なのですが、祭りの期間は漁に出ることが禁止されているのです。娯楽の少ないこの地では、全住民、この祭りで日頃の憂さを晴らすのです」

自治区の警察「祭

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【ショートショート】夏の日の冒険

【ショートショート】夏の日の冒険

 中学生になってから初めての夏休み、吉男はクラスメイトの太郎の家に遊びにきた。

「おっす吉男、入れよ。今おばあちゃんしかいないんだ」

「そうなんだ、おじゃましまーす」

 ──ああ、クーラー気持ちいい。

 吉男が靴を脱ぎ終わると、太郎が小声で、

「いいもん見せてやるよ」

とにやけながら言い、玄関から入ってすぐ右手にある襖を音を立てずに少しだけ開いた。

「ほら」

 太郎に言われるままに

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【短編小説】不可抗力

【短編小説】不可抗力

 引っ越しの準備が終わったので、淳一は母の見舞いに行くために夕方ちかくに家を出た。
 駅に向かう道の途中にある国道の交差点の歩行者用赤信号は長い。車が来ないので渡ろうと、横断歩道の手前に停まっているトラックの前面を通り過ぎた瞬間、トラックの影から現れた車に危うくぶつかりそうになり、その場に立ち尽くした。車も少し脇に逸れたが、スピードを落とすことなく走り続け、みるみる車道の左側に寄って行き、歩道に乗

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【ショートショート】正義の人

【ショートショート】正義の人

「お腹が痛いよう、死んじゃうよう」

 UFO美が買い物から帰ってくると、義母が畳の上でお腹を抑え、痛い痛いとのたうち回っている。今までこんなに痛みを訴えたことがなかったので、UFO美は大変なことが起きているのかもしれないと思い、夫も不在で相談できないので、119番にかけた。

「お義母さん、すぐに救急車が来ますからね」

 子どもが駄々をこねるように転がり回る義母を見ながら、UFO美の脳裏には、

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【コテン現代】②土佐日記「楫取の歌」

【コテン現代】②土佐日記「楫取の歌」

土佐物語を、現代を舞台に小説にしてみました。エッセイ付きです。

「乗りますかい?」

 地方での駐在を終え、一家そろって東京へ帰ろうと、タクシーで空港に着いた途端、濃霧が視界から一切を奪い、歩いても歩いても何も見つからず、携帯電話の電波も届かぬ状況で、ふいに目の前に現れた海に浮かぶ手漕ぎの帆船の楫取の男の申し出を、貫行一行が断る理由はなかった。

「ああ……みんないいか?」

 歩きくたびれて判

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【ショートショート】先生、久しぶり!

【ショートショート】先生、久しぶり!

ハヤオ「この3人かな?」

ヒメコ「そうみたい」

サトシ「よろしくお願いします」

ハヤオ「ほら、あの門のそばにピカイッチー先生がいるぞ。卒業式が終わって生徒を送り出すところみたいだ」

ヒメコ「……行ってみる?」

サトシ「ちょっと待ってください、遠隔で先生に暗示をかけます」

ハヤオ「そっか! 忘れてた」

サトシ「…………よし、これで先生が僕たちを見ても変に思わないでしょう」

ヒメコ「1

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【コテン現代】①伊勢物語「行く蛍」

【コテン現代】①伊勢物語「行く蛍」

伊勢物語のお気に入りの部分を現代を舞台に小説にしてみました。

「母さん、ちょっと来てくれ。蛍が話があるらしい」

「あ、はい、今行きます」

 蛍の好きなりんごジュースを用意していた母の渚は、夫の良一に呼ばれて慌ただしくコップの蓋を閉め、ストローをさした。娘の蛍の部屋に入ると、ベッドに仰向けに寝ている蛍の両目が力なく母を追っている。渚は蛍の口元へ耳を近づけた。

「……い……たい」

「え?」

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【ショートショート】実行

【ショートショート】実行

 あの人の香りがした気がして振り返ったが、誰もいなかった。楡の木の下でギターを弾いていた長髪の男が忘れていったナイフを手に取ると、殺風景な黒い柄に、みるみる渦巻き模様が刻印されていった。これがあの人の好みなのかな……と思いながら、こんなにも容易く道具が手に入ったことが嬉しかった。
 家に着くと兄が出かけるところに出くわした。

「どこに行くの?」

「…………」

「その格好、仕事じゃないよね」

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【ショートショート】女の会話

【ショートショート】女の会話

AとB「乾杯!」

A「お昼から飲んでるなんて、私たちってどうしようもないわよね」

B「"鬼の居ぬ間に"ってね」

A「その鬼も黙認してるようなものだけど」

B「男って本当、寛容よね。細かいことが見えてないっていうか」

A「そうそう、手懐ければこっちのやりたい放題」

B「女って欲深いわよね」

A「そうね、親の財産の管理なんて、大体娘がやってるしね」

B「遺産で揉めるのも、大抵女同士」

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【短編小説】ズワイガニ

【短編小説】ズワイガニ

 ──うわ、ママのヤツ、来やがった。

 年が明けて最初の授業参観日、高校1年の太郎は、母に絶対に来ないようにと何度も念押ししたにもかかわらず、ばっちりメイクをして着飾ってきたド派手な母親が教室の後ろのドアから入ってきたのを見て、ため息をついた。ドギツい香水が一番前の席の太郎の元へも届いたので、見る前に気づいたというのが正しい。この母を持ったお陰で、今までどんなに恥ずかしい思いをしてきたことか……

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【ショートショート】虹色野球

【ショートショート】虹色野球

先輩調査員「この国では子ども達に対する軍事教育がないようだから、近い将来われわれが攻め落とすのに恰好のターゲットだな」

後輩調査員「僕もそう思っていたのですが、色々と調べてみたら、面白いことが分かりましたよ」

先輩「ほう、何だね?」

後輩「この国では野球が人気です。幅広い世代に受け入れられています。この野球が軍隊的教育と通底しているのです」

先輩「と言うと?」

後輩「野球はこの国の開国黎

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