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【短編小説】週5日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に5日(火〜土)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで… もっと読む
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記事一覧

【短編】『春の訪れ』

【短編】『春の訪れ』

春の訪れ

 森の奥深くの洞穴に眠るヒグマはツバメの鳴き声を聴くなり寝返りを打つ。誰もいないはずの湖のほとりにつがいのシマリスが現れ、風で飛ばされた木の実を求めて草をかき分ける。それを遠くの水面からじっと見つめるカバは水中へと潜って再び水面に顔を出すと、鼻から水を勢いよく吹き出す。シマリスは突然のことに身を震わせて森の方へと去っていく。再びツバメが鳴くとヒグマが寝返りを打つ。どこからか怪物が唸り声

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【短編】『尾行族』(完結編)

【短編】『尾行族』(完結編)

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尾行族(完結編)

「間宮くん、左利きだったっけ?」

「あ、いえ。席が狭いので滝本さんに肘が当たらないようにと」

「そうかそうか」

間宮くんは気の利く人だと思いながら、今し方自分のしたその質問が妙に頭に引っかかった。そういえばあの夜、犯人の男は崖の上で社長の胸ぐらを掴もうとした際に左手を先に出したのだ。その瞬間、僕の思考は急速に回転し始め、暗闇に隠れていた犯人の姿をありあ

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【短編】『尾行族』(後編)

【短編】『尾行族』(後編)

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尾行族(後編)

 あの夜、社長と隣で話をしていた男は誰だったのだろうか。なぜ社長をわざわざ人気のない千葉の断崖まで連れ出したのだろうか。社長は会社のすぐ側の公園で何を思い悩んでいたのか。僕には全くもって犯人の見当がつかなかった。愛人でなかったのだからやはりカネか。もしや闇金から借金でもしていたのだろうか。僕は社長と繋がりのある者を片っ端から調べることにした。もし闇金に縁のある

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【短編】『尾行族』(中編)

【短編】『尾行族』(中編)

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尾行族(中編)

 僕は社長に気づかれぬよう一定の距離を保ちながら跡をつけた。社長は足早になって道を進んだ。会社のある方角へと向かっていた。交差点を渡ると、向こうに大きなビルに挟まれた小さな建物が見えた。我々の会社だった。5階の窓を見ると一箇所だけ照明がついており、まだ誰かが残業をしているようだった。あの照明の位置から見るに河本だろうかと思いながら社長から目を離さずに後ろから観

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【短編】『尾行族』(前編)

【短編】『尾行族』(前編)

尾行族(前編)

 都心の一等地に身構える巨大ビル群の隙間にひっそりと佇む古い建物の5階に我々のオフィスはあった。なんだか出勤するまでは一端の大手企業勤めの会社員といった心持ちで駅からの道を歩くも、それも束の間建物の入り口に入った途端に、定員5名のレトロなエレベーターが我々を出迎えてくれる。階を過ぎるごとに大きな振れを味わいながら、とりあえずは社長と出会さなくてよかったと安堵したのちに、今日も今日

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【短編】『一目惚れ』

【短編】『一目惚れ』

一目惚れ

 一目惚れとは、一般的に異性を一目見てから長らく忘れられずにいるという生理的現象、あるいは恋煩いという名の病のことを指すのだが、この原理を紐解くことは非常に難解であることは誰もが承知のことであろう。しかし、一つの仮説を提言するのであれば、一目惚れという現象は、一人が死を体験することと似ているのだと思う。

 順を追ってこの仮説を論じよう。まずはもちろんのこと一目惚れとは視覚があって初め

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【短編】『ルックス・クライシス』(完結編)

【短編】『ルックス・クライシス』(完結編)

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ルックス・クライシス(完結編)

 私は初めてのホストクラブへの来店のために少々ぎこちなさを顕にしていたが、ホストの一人が私のその姿に気づき率先して話しかけてくれた。

「お姉さん。若いし可愛いね」

「ほんとですか?」

「ほんとほんと。俺ここの誰よりも見る目あるから信じて」

「嬉しいです」

と苦笑いを見せた。彼は私にとても優しく対応してくれた。初めての客に慣れているようだっ

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【短編】『ルックス・クライシス』(後編)

【短編】『ルックス・クライシス』(後編)

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ルックス・クライシス(後編)

 授業が終わり別校舎へと移動していると、中央の広場になんだかステージのようなものを作るための鉄骨が組み立てられている最中だった。過ぎ去る者皆が何事かと眺めながら歩き去って行った。ゆっくりと横断幕が設置されると、そこには「学園祭」と大きく書かれており、近々キャンパス内で学園祭をやることをその時初めて知った。私は学園祭に行こうか行くまいか迷った。なんせ一

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【短編】『ルックス・クライシス』(中編)

【短編】『ルックス・クライシス』(中編)

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ルックス・クライシス(中編)

 美容クリニックを前にして、私は立ち止まった。今日は相談がてら来てみたが、実際に値段を聞いてみて自分が払えないぐらいの金額だったらどうしようか。再びショックを受けて家に閉じこもってしまうのではないかと不安が頭を過った。そもそも本当に整形などしてしまって良いのだろうか。地方にいるお父さんやお母さんに縁を切られたりはしないだろうか。と自分の決心すら疑って

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【短編】ルックス・クライシス(前編)

【短編】ルックス・クライシス(前編)

ルックス・クライシス(前編)

 初めは些細なことがきっかけだった。別のクラスのサッカー部の男子生徒から恋愛相談を受けた時のことだった。彼は私のクラスにいるある女子生徒のことが気になっているようで、彼女の交友関係を私に尋ねてきた。

「なあ、教えてくれよ」

「え、私あの子とそこまで仲良くないし」

「まじかー。なんか知ってることないの?」

「んー、いつも学校が終わると私と同じ塾に行ってることぐ

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【短編】『ダイバーシティお花見』

【短編】『ダイバーシティお花見』

ダイバーシティお花見

 集会場の人々が集まると会議は始まった。集まったのは中年のスーツ姿のサラリーマンから、政治家、学者、後ろに祭りと書かれた法被を着た者などあらゆる方面の者が細長い部屋に一同集まっては、移動式の細長いテーブルを縦に何個も繋げてそこに座っていた。総勢30人ほどで何やら大規模な話し合いをするようだった。市長らしき人物がホワイトボードを前まで歩いてくると部屋を全体に視線を送ってから話

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【短編】『至高の映画音響』

【短編】『至高の映画音響』

至高の映画音響

「ジュラシックパーク」や「ターミネーター」など数々のハリウッド映画の音響デザインを手がけてきたゲイリー・ライドストロム氏は言う。「音響デザイナーは単なる技術者ではなく、映画の核となるムードを驚異的なほどに生み出すマジシャンだ」と。まさにその通りだ。ストーリーテリングにおいて映画は視覚効果だけでなく、音響効果によって最大限、物語が観客の記憶に残るように設計されている。音はシーンや映

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【短編】『瞬足』

【短編】『瞬足』

瞬足

 Z世代の者たちは皆、小学生の時に瞬足というランニング用シューズを親から誕生日プレゼントに買ってもらったことがあるだろう。瞬足というのは、シューズの構造上、靴底のソールが左右非対称に設計されており、小学生が校庭でコーナーを走る時に摩擦係数が高くなることでグリップがかかり地面を蹴るように早くなるというものなのだが、実際にこのメカニズムを知って走る小学生は陸上部でさえ数少ない。それ以外は他のラ

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【短編】『木と共に』

【短編】『木と共に』

木と共に

 私はある日突然、木についての物語を書こうと思い至り、机に向かって思いつくままに筆を走らせた。木が主人公の小説など今まで一度も書かれたことがないのだ。しかし木にも木なりの一生がある。木は誰よりも長く生き、誰よりも世界のことを知っているのだ。木の目線で描かれた小説はさぞかし素晴らしいのだろうと、私はそれを自分の最後の作品として書き上げたいと思った。しかし実際に木について調べ始めると、種類

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